第五十二話 熱い想い

2020年12月20日

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(体が動かない……)

 エマは儀式を終えた後、レクタシオンに体を乗っ取られたが、意識は保っていた。視覚と聴覚だけは今まで通りだが、体は動けないという状態になっていた。

 自分の意思をレクタシオンに届けることは出来ない。不自由窮まりない状態だが、エマはこれで良いと思っていた。

(レクタシオンと私の目的は同じだ)

 乗っ取られてから、レクタシオンの意思をエマは感じ取っていた。深い人間への恨みがあり、自信の圧倒的な力でもって滅ぼそうと決意を固めていた。人間を滅ぼした後は、魔族たちを支配しようとしているようだが、それはエマにとってはどうでもいいことであった。
 人間を滅ぼすという目的を達成させられるのなら大きな問題はなかった。

 本来なら自分の手で滅ぼせないのは、不本意ではあるが、今の自分の心情を考えるとその方がいいようにエマは思っていた。

 人間を滅ぼそうしてい決意が、マナが現れたことにより、若干揺らいだのは確かだ。もしかしたら、再びマナの姿を見たらさらに揺れるかもしれない。そうなると目的を果たすことは出来なくなるかもしれない。

 ここまでやめるなどということは絶対に出来ることではなかった。

 人間は滅ぼさなければならない。その考えは何を言われても変えるつもりはなかった。

(それにしても、いつ動き出すんだ)

 自分の体を乗っ取られるのはまだいいのだが、乗っ取った後、レクタシオンは真っ暗闇の空間に入り込み、じっと動かずにいた。
 レクタシオンが、力を自分の体に定着させていっているというのは、何となく感覚的に分かっていた。必要な作業とはいえ、流石に退屈であった。

 早く動いてくれないかと、イラついていると、爆発音が鳴り響いた。

「……攻撃? まだ終わったわけではないのに。面倒な」

 レクタシオンがそう呟き、一時的に力の定着作業を中止して、黒い球体の外に出た。

 視界に入った光景を見て、エマは驚愕する。

(マナ!?)

 なぜここにマナがいるのか。エマは理解が追いついていなかった。

 レクタシオンが立ち去るように警告をしたが、全く立ち去る気配はない。

(私を……止めにきたのか……?)

 本来ならば、マナが来たということに、怒りや煩わしさを感じなければいけない。

 しかし、エマの心に湧いてきた感情は嬉しさだった。

 マナが自分を止めるため、ここまで来たということが純粋に嬉しかった。

 その感情をエマは否定した。今から全ての人間たちを滅ぼすのだ。マナに特別な感情を抱いてはいけない。

 レクタシオンとマナたちの戦闘が始まった。

 まだ完全に力が定着していないのにも関わらず、その力は圧倒的だった。

 健闘しているとはいえ、マナに勝ち目はないように思えた。

 負け、即ち死を意味する。
 心が痛んだが、儀式をすると決めた時点で、覚悟していたことであった。

 マナであろうと誰であろうと、人間は皆殺しにする。

 500年前滅ぼされた故郷の無念を、自分の胸に渦巻く強い恨みを晴らすには、それしか方法はなかった。

 マナの表情に焦りが浮かんでいる。どうやってこの難局を切り抜けるか考えているが、方法が思いつかないようだ。

「諦めよ。無駄に時間を浪費するだけだ。粘っても苦しい思いをするだけであろう?」

 エマの口を使い、レクタシオンがそう言った。

 レクタシオンを睨みつけながら、マナは呟いた。

「はぁ……はぁ……諦められるもんか」

 魔力を急激に消費したことで、疲労が溜まっているのか息を切らしている。しかし、目から闘志は全く消えていない。

 全ての思いを込めるかのような表情で、マナは叫んだ。

「……返せよ……アタシの一番大事な友達を返せよ!!」

 その言葉を聞いた時、エマの心は大きく揺れ動いた。

「アタシの一番大事な友達を返せよ!」

 覇気を込めて、マナは全力で叫んだ。

 展望は見えないが、絶対に諦めない。そう自らを鼓舞するような、叫びだった。

「この体の主がそんなに大事か? 残念ながらこの女は、俺様と同じく、人間どもの滅亡を……ぬ?」

 レクタシオンが、眉をひそめながら、自らの胸を見る。

「まだ完全に定着していないからか。ふん、無駄に心を動かされよって」

 その呟き声が、重大な意味を持つような気がして、必死で意味を考えた。

 ―― ――完全に定着していないから。

 ―― ――無駄に心を動かされよって。

(まさか……エマは体の中で意識を保っている!?)

 何の確証もない推理だったが、直観でそう思った。

(エマが聞いているのなら……エマの心を揺さぶれば、もしかしたら動きを止められるかもしれない)

 マナの考えは全て何の確証もないことだった。ただ、先ほどのレクタシオンの素振りは、自身の胸のあたりに違和感のようなものをかんじているように見えた。違和感が強くなれば、動けなくなる、という可能性もゼロではない。

 少なくとも、戦闘では勝ち目はないので、ゼロでない以上、試してみる価値はあった。

「エマ聞いてる!?」

 大声でマナは叫んだ。

 ピクリとレクタシオンが反応する。そのあと、こちらを睨みつけ、

「貴様、黙れ」

 と低い声で言ってきた。

 今まで余裕の表情だったレクタシオンだが、ここで初めて、焦りのようなものを感じている表情になった。仮説は当たっているかも? マナは希望を抱く。

 ――自分の気持ちを……全てぶつける!

 マナは在らん限りの声を張り上げた。

「エマ! アタシはあなたに会えて、本当に良かったと思ってる!」

 レクタシオンの動きがピクリと止まる。

 忌々しそうなものを見るように、マナを睨みつけて、

「その口を閉じろぉ!」

 と黒い巨大な矢をマナの口目掛けて放った。

 寸分狂わず、口に向かってくる矢の軌道をマナは腕で逸らして。右腕に矢が突き刺さり、激痛でマナは顔を一瞬苦痛に歪める。痛みにはだいぶなれているので、怯んだのは一瞬だった。矢を引き抜いて、回復魔法を使い、腕に空いた穴を一瞬で塞いだ。

 マナは言葉を続ける。

「初めて会った時はさ、本当に綺麗な翼の子だって思ったんだ! 何とかして友達になりたいとも思ったんだ! それで友達になったあとは、楽しかった! アタシのオムレツを食べて美味しいって言ってくれた時は、嬉しかったし、一緒に部屋でお話ししているときはずっとこの時が続けばいいと思ってた! それから、戦いでエマには何度も助けられた! アタシも、何度もエマの怪我を治したから、お互い様だったね!」

 マナは自分の気持ちを素直に叫び続ける。声がレクタシオンの耳に入るたびに、苦しそうな表情になっていった。

「黙れ! 黙れぇ!!」

 レクタシオンが、大きな黒い球をマナに向かって放った。球はあまり早くなく、回避出来ると思ったが、途中で炸裂し、無数の黒い球となって、襲いかかってきた。

 急所に当たるのだけは避けるため、両腕で頭をガードした。そのほかの部位に攻撃が当たり続ける。

 普通なら致命傷になるような大怪我を全身に負ったが、回復魔法で全快した。今回の回復魔法で魔力がそこを尽きつつあるのを感じた。あと一回しか回復魔法は使えないだろう。

 魔力が尽きかけると、体は強い疲労感を感じるようになる。
 バテた体で、それでも大声を出し続けた。

「エマはどうだった!? アタシと一緒にいて楽しくなかった!? アタシと離れたいと思ってた!? アタシはエマとずっと親友でいたいって思ってた! エマもそうだと、思ってた!」

 レクタシオンの動きが鈍くなり始めた。

「おのれ……あのガキの戯言に心を乱されよって。人間なんぞに……ふざけるなよぉ」

 憎悪を込めた表情で、レクタシオンはマナを睨んだ。動きにくくなった体を何とか動かして、黒い槍を作り、それを投擲した。

 槍の速度は今までに比べると遅い。しかし、それでも十分早く、疲労が溜まったマナは反応が遅れる。何とか、避けたが肩に突き刺さった。

 槍を引き抜き、回復魔法を使う。穴は塞がったが、痛みは完全には消えなかった。魔力が底をついたとマナは悟った。もう回復はできないだろう。

 体に疲労感が湧き上がってくる。こうなると精神力がものをいう。前世では何度も戦に参加していたので、精神力は磨き抜かれていた。根性を振り絞り、叫び続ける。

「この時代ではもう人間と翼族は争いあってない! エマみたいなハーフの子もいっぱいいる! 強い恨みがあるのはわかるし、忘れることができないのもわかる! でも、復讐なんかよりさ、もっと楽しいことがあるでしょ!」

 マナはこれ以上入らないほど、肺に息を詰め込んで、今日一番の大声で叫んだ。

「アタシと一緒にずっと楽しく暮らしていこうよ!!」

 全てを出し切った。
 思いがエマに届いたかは分からない。
 それでも全てを出し切った。

(これで駄目なら、死ぬことになる……それでも後悔はない……)

 マナはレクタシオンを確認する。
 動きは鈍ってはいたが、完全に止まってはいなかった。

 攻撃をするための準備を行なっている。

(駄目……だった?)

 再びレクタシオンは黒い槍を作成した。投擲しようと構える。
 万事窮す。そう思ってマナは目をギュッと閉じた。

 その時、

「く、くそ……」

 苦しそうなレクタシオンの声が耳に入ってきた。
 目を開けてみると、レクタシオンは、槍を投げようとしている構えからピッタリと静止していた。

 マナは急いで封印球を持ち、レクタシオンの元に駆け出す。

 仲間達が、その様子を見て、一緒にレクタシオンの元に駆けつけた。
 手や足を押さえつけて、万が一動けるようになっても、時間を数秒ほどかせげるようにした。

 マナは封印級をレクタシオンの頭に押し付ける。

「そ、その球は!? やめろ! また俺様を封じ込める気か!? ふざけるな!! せっかく出れたというのに!!」

 レクタシオンは何とか自分の体を動かそうと試みている。少しは動くが、仲間達が固く押さえつけているため、封印球を払いのけることは出来ない。

「やめろ貴様ら! やめろぉ! 俺様には崇高な目的があるのだ! それを果たすまで封印など、許されるものか!!」

 もがく力が上がり続ける。仲間達は必死で抑え続けた。

 封印される時間が近づくにつれ、強気だった態度は代わり、レクタシオンは懇願し始めた。

「頼む、やめてくれ! お、お前らは殺さない! ここでやめてくれたら世界を支配した暁に、大量の金と土地をやろう! 美味いものも食い放題、贅沢し放題だ! いいだろ!?」

 そんな、甘言に惑わされるはずなどなく、マナは額に封印球を当て続けた。

 そして最後、

「ちくしょう!! 今度封印が解かれたら覚えてやがれ!! 貴様らには地獄を味合わせた上で、殺してやる!!」

 断末魔をあげるようにそう言い残して、レクタシオンは封印球に封じ込められた。

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