第五話 ジェードランとカフス

2020年12月20日

     <<前へ 目次 次へ>>

 バルスト城の訓練場では、今日も兵士たちが真面目に訓練を行っていた。全員が、翼の生えている翼族である。

 バルスト城があるアミシオム王国は、人口の九割が翼族である国家だからだ。

「今日もやっているようだな」

 訓練場に男がやってきた。
 兵士たちが一旦訓練をやめ、そして全員一斉に男に向かって敬礼をした。

「おはようございます! ジェードラン様!」
「挨拶などいらん。訓練を続けろ」

 訓練場にやってきたのはこの城の主、ジェードラン・モーメルトであった。

 金色の短い髪に、整った顔立ち。長身の男だ。
 三対六枚の翼を持っている。
 年は二十八歳と、戦闘面においては全盛期を迎えると言われている年齢である。

 才能ある選ばれし者しか、翼の数は増やすことは出来ない。
 兵士たちはそのほとんどが初期の一対二枚の翼であり、そこから二対四枚に増えるものは千人に一人と言われるほど希少だ。
 そこから三対六枚になるものは、さらに少なく全翼族でも二十人ほどしかいない。

 翼の増えるほど強くなる翼族では、三枚六対は最強格の実力を持っている証であり、翼族たちから尊敬の念をもって見られていた。
 そのため、生まれが貧民であるジェードランが、城主になることを疑問に思っているものはどこにもいなかった。

「さて俺も鍛錬をする。誰か付き合え」

 ジェードランがそう言うと、一人の男が手を上げて、

「私しかいないでしょう」

 前に出てきた。

 身長は平均的だが、肉付きのいい男である。顔はごつく、肌の色は浅黒い。
 翼は五枚生えており、一番下の翼が対になっていない。『欠損翼』である。

「カフスか。たまには別の奴と鍛錬するのもいいと思ったのだがな」
「それではまともな鍛錬にならないでしょう」

 この欠損翼の男はカフス・ファマント。
 ジェードランの家臣の中では最強の男で、もっともジェードランが信頼を置いている男であった。

 カフスは大剣を手に取り、ジェードランは腰から剣を引き抜いた。

 しばらく二人は向かい合い、目で合図を送り合い剣を撃ちつけ合う。

 両者の実力は目を見張るものがあった。
 剣速、一撃一撃の威力、フェイントを入れる技量とそれに対応する技量、まさしく剣を極めた者の動きであった。
 周囲の兵士たちは思わず一度訓練をやめて、二人の斬り合いを見学した。
 兵士たちは何度もここで二人の斬り合いを見ているが、それでもなお、見なければ損であると思わせるほど技量と技量、力と力のぶつかり合いがそこにはあった。

「隙あり!」
「!!」

 斬り合いで体力が落ちたカフスは、わずかな隙を作った。
 ジェードランでなければ見逃しているほどの小さな隙であるが、それが敗着となり首元に剣を突き付けられた。

「また俺の勝ちだな」
「……流石ですジェードラン様」

 斬り合いは決着し、ジェードランは剣をおろした。

「しかし、またではありません。昨日勝ったのは私です」
「あれは太陽の光が目に飛び込んできたからだ! 無効試合だ!」
「実戦でそんなことを言ってられませんぞ」
「俺が無効だといったら無効なのだ」
「……やれやれ」

 カフスは呆れたように首を横に振った。

 何度か訓練を重ね、ジェードランの勝率は約七割であるが、負けるたびに言い訳をして認めないので、ジェードランの中では全勝という事になっていた。
 とにかく負けず嫌いな性格なのである。

「さて、まだまだやるぞ。何度でも負かしてやる」
「相変わらず訓練がお好きですね。お休みになりませんか?」
「休んでいる暇など一秒たりともない。俺はまだまだ強くならねばならんからな」

 貧民から訓練を重ねて重ねて、強くない翼の数もそれに伴って増えてきたジェードランは、サボらずに訓練を積んでさえいれば、どこまでも強くなれると信じていた。

「俺は貧民から出世したが、まだまだ満足は出来ん。俺は誰かに支配されているという現状が大嫌いだ。まだ俺の上には『飛王』がいる。こいつの地位を奪わない限り、満足することはない」

 翼族の王は、代々飛王と敬称されていた。

「だが飛王は今の俺より遥かに強い……伝説の四対八枚の翼を持っている」

 四対八枚の翼は、翼族の中では五百年に一度出るか出ないかの伝説的な存在だ。圧倒的な力量があり、三対六枚の翼でもまるで歯が立たない。
 その上、伝説的な存在という事もあり、無条件で大勢の翼族から崇拝される

 現飛王は王族の血筋ではないのだが、家臣を集め反乱を起こし革命を成功させて現在は飛王を名乗っている。
 言ってしまえば簒奪者であるのだが、四対八枚の翼を持つおかげで、ほとんどの者が忠誠を誓っていた。
 革命に成功したのがたった四年前の事なのにも関わらずだ。

「奴に勝つためには俺自身が四対八枚になるしかない。そしてそのためには、訓練あるのみだ。カフス。俺が四対八枚の翼を手に入れるまで、付き合え」
「言われるまでもありません」

 四対八枚の翼が伝説的な存在で、自分がなれる可能性は極めて低いということはジェードランも理解していた。
 それでいてなお、自分は慣れると心の底から信じこんでいた。

「ジェードラン様! 一大事でございます!」

 兵士が一人大急ぎで駆けつけてきた。

「何があった」
「牢に閉じ込めていたマナフォース姫が脱獄ようです! 看守のハピーが姿を消していたので、脱獄の手引きをしたと思われます!」
「何だと!?」

 ジェードランは報告を聞き、大いに焦る。

「あの姫は飛王からこの城に絶対に逃すな殺すなと、念を押されているのだぞ……逃げられたら飛王が俺を処断しようとするだろう!」

 マナを城に閉じ込めていたのは、飛王の命令があったからだ。
 高い野心のあるジェードランだが、彼は無謀な反抗をするほど愚かではない。
 現時点では飛王には勝てないことは認めているため、忠誠を誓っているように見せていた。

「しかしあの真面目なハピーが裏切るとは……情が湧いたのか?」
「命令の遂行に私情を挟むタイプではないとは思うのですが……分からないものですな」

 二人の知るハピーは、真面目で忠誠心の厚い女だった。
 特殊な性癖があるなど、予想だにしていなかった。

「脱獄したのはいつだ?」
「正確には不明ですが、昨日の夜までいたことは確かです。姫に料理を運ぶ給仕の男が偶然、姫と看守は外出中だと言っているところを後輩が耳にして、おかしいと思い調べたらもぬけの殻になっておりました次第です。その給仕の話だと昨日の夜はハピーに料理を渡したと」
「ならまだ間に合うかもしれん。カフス! 急いで隠し通路の出口に向かえ!」
「かしこまりました」

 カフスは命令を受け、迅速に行動を開始した。

スポンサーリンク


     <<前へ 目次 次へ>>