第四十八話 猫神
「ね、猫神……様?」
猫耳姿のマナの言葉を聞き、ドールットは声を震わせながら呟いた。彼の視線はまずマナの耳に、そして尻尾に注がれ、最後に目を見た。普通の人間の目ではなく、猫目である。
マナの思いついた作戦とは、人間ではなく猫の神様を名乗りながらドールットの前に姿を現し、猫好きであるドールットの好感度を上げるというものである。猫耳と尻尾それから猫目は、ミラージュを使ってそう見えるようにしているのだ。
原型はあくまでマナである。姿を大きく変更したら、魅了の効果がなくなる可能性を考慮した上での判断だった。
こんな変装をしても、全く信じず、逆に猫を冒涜していると、ブチ切れられるリスクがあったが、ドールットは激しく動揺したような表情でマナを見ている。根っから疑っているというわけではなさそうだ。むしろ信じているようにも見える。
「本当は見守るだけのつもりだったけど、人間と誤解されるのは嫌だったから姿を現したにゃ」
恥ずかしいので語尾ににゃを付けたくなかったが、今更口調を変えたら怪しまれる。最初にノリでにゃと言ってしまったのをマナは悔やんだ。
「ね、猫神様とは? なぜここに?」
「大昔に長生きして死んだ猫が神格を得た存在、それが猫神、つまりアタシにゃ。アタシは猫を心の底から愛する者の前に現れ、願いを叶えてやる存在にゃのにゃ」
咄嗟に考えた設定を説明すると、ドールットは目を見開き、そのあと、ボロボロと涙を流し始めた。
(な、泣いた!? 信じたの? 猫が絡むと馬鹿になるのかなこの人……)
号泣するドールットを姿を、マナは呆れた表情で眺める。
好感度がどうなったのかを確認してみる。
出会う前は0だったが、100まで上昇していた。200まで行っているかもと思っていたが、そこまで甘くはないようだ。
「君はさっき猫と会話が出来たらと言っていたにゃ。アタシの力ならその願いを叶えてあげられるにゃ」
その言葉にドールットは、
「本当ですか!?」
と目を見開きながら言った。驚きと喜びが混ざったような表情だった。猫と会話したいという思いは相当強いようだ。
「それでは早速話せるようにするにゃ。準備は良いかにゃ?」
「な、も、もうですか? ちょっと待ってください。心の準備をしたいのです」
心を落ち着けるようにドールットは深呼吸を始めた。なぜかやたら緊張しているようだ。
「も、もういいです。よろしくお願いします」
合図を聞き魔法を使った。『トランスレーション』という魔法だ。相手の言葉を一番馴染みの深い言語で聞き取ることが出来る。猫とドールット両方にかければ、会話をすることが可能だ。
小屋にいる猫全てとドールットに、トランスレーションをかけた。どういう会話をしているのか知るため、一応自分にもかけておいた。
猫たちのにゃーという声が翻訳され言葉として耳に届く。
「さっきの奴、美味しかったにゃー」「暇だにゃー」「何かいつもいない奴いるにゃー」「眠いにゃー」「寝るにゃー」
など、特にこれと言って意味のない他愛のないことを猫たちは喋っている。これを聞いて満足なのだろうか、心配になりドールットを見てみると、感動したような表情で猫たちの会話をただ聞いていた。自分から喋りかけたりはしない。
「会話しなくていいのかにゃ?」
「猫たちの言葉が聞けただけでも、感無量です。私はただ聞いていればいい……」
会話する猫たちを心底幸せそうにドールッとは眺めていた。
彼の顔がもっと優しいそうな顔なら、ほほえましい光景になってただろうなぁ、とマナは思った。
好感度を確認すると、150まで上がっていた。これである程度指示を聞いてくれるだろうが、念には念を入れて200まで上げておきたい。
好感度を上げるためにほかに何をすればいいだろうか。直接聞いたほうが早いと思い、尋ねてみた。
「あと、願い事を一つだけ叶えてあげるにゃ。にゃにがいい?」
「もう一つですか……? 声を聞けるようにしていただいただけで、十分ですが……」
「遠慮は無用にゃ。にゃにか願いがあるはずにゃ」
「そうですね……でしたら……猫神様の耳を触らせていただけないでしょうか?」
「は?」
お願いを聞いて、マナは面食らった。
「その耳のモフモフを初めて見た時から触ってみたかったのです。良いでしょうか……?」
困ったお願いであった。マナの猫耳はミラージュでそう見せているだけの幻影である。触ろうとしたら素通りするだろう。
それだけは駄目だと断ろうとしたが、怪しまれるかもしれない。それに、ほかに願いを持っていなければ、150以上に好感度を上げることが出来なくなる。
考えた末、耳は無理だが尻尾なら偽装できることに気が付いた。
糸を作る魔法があり、それを使えば尻尾も作り出せるだろう。耳は形状が尻尾よりかは複雑なので、違和感なく作り出すには練習が必要だ。今それをしている時間はない。
「耳はくすぐったいから嫌にゃ。尻尾でいいかにゃ?」
早速マナは提案してみた。
「え? いいんですか尻尾で?」
なぜかドールットは嬉しそうである。
「実は尻尾の方が触ってみたかったんですが、猫は尻尾を触ると嫌がるものでして。いいのでしょうか」
「ふ、普通の猫はそうかもしれにゃいけど、アタシは尻尾を触られても特に問題にゃいにゃ」
猫に詳しくないため、尻尾を触られると嫌がるというのは初めて知ったことであったが、それを悟られるのはまずいので、知っている風に言った。
「そ、それでは遠慮なく尻尾を触らさせていただきます……」
ゴクリとドールットは生唾を飲み込んで、マナに近付き尻尾に手を伸ばした。こっそり魔法を使い、すでに尻尾は実体を持った状態にしてある。
ドールットは生唾を飲み込んだ後、手を震わせながら尻尾に手を近づけてくる。その表情はあまりにも真剣だった。寒気を覚え、マナは引きつった笑みを浮かべる。
震えながら尻尾に手が触れる。魔法で作った尻尾なので、触られた感覚はしないが、何の反応もしないのは不自然だと思い、ピクッと尻尾を動かした。
ドールットは手を震わせながら尻尾を丁寧に撫でる。表情を見ると、厳つい男がにやけ面になっており、思わず「うわっ……」と呟くほど引いてしまった。触るのに集中していたためか、呟きはドールットの耳に届いていなかったため、怪しまれることはなかった。
あまりにも念入りに撫でているので、ニセモノかばれないか不安になってくる。その時、ドールットが、
「久しぶりに触ったけどいいな尻尾は……」
と呟いた。
猫は尻尾を触ると嫌がるという事から、普段から触りまくっているわけではないようで、尻尾の感触にはそれほど詳しくないようだ。何とかなりそうだとほっとする。
そのまま、満足するのを待つが、数分間撫で続け、いい加減にしろとイライラした気持ちがわいてくる。ようやく撫でるのをやめたと思ったら、
「て、手で触るだけでは満足できません。顔でもふもふしていいですか!?」
鼻息を荒くしながらお願いをしてきた。
本当の尻尾ではないとはいえ、気味が悪いので断りたかったが、まだ好感度が上がり切ってない場合は受けるしかない。
マナはドールットの好感度を確認した。
200。
その数字を確認したあと、笑みを浮べ、
「駄目」
と強めの口調で断った。
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