第四十七話 猫
「ミーちゃん、私がいなくて寂しかっただろう! おお、よしよし、可愛いなあお前は」
ドールットはデレデレと笑顔を浮かべながら、猫の頭と首元を撫でまわし始めた。猫も心底懐いているのか、気持ちよさそうに目を細めている。
ほかの猫たちも同じように撫でて言った後、餌やりを始めた。何らかの動物の肉を干して、それを細かく切った物のようだ。美味しそうに猫たちは餌を食べて行く。その様子を、ドールットはデレーとした表情で見つめていた。
そのドールットの表情は、執務室で見せていたものとは、あまりにもかけ離れていた。猫を溺愛しているのは間違いなようだ。
彼を魅了するにはどうしたらいいんだろう? この光景を見て改めてマナは作戦を練る。
(予想通り猫を飼っていたから、捕まえてきてあげるのは効果が薄いかも……いや、これだけ猫が好きなら、何匹いても嬉しいんじゃないかなぁ……でも、仮に渡すとしたらどうやればいいんだろう。猫好きってことはほかの人に隠しているみたいだし、兵士に化けて渡したら秘密を知ってるからって、斬られるかも……うーん……)
結論は中々でなかった。
すると、ドールットが呟きを漏らす。
「お前たちは何よりも可愛いが、たまにどう思っているか知りたくなる。声を聞くことが出来たらな……」
厳つい顔の男には似合わない、メルヘンチックな願いだった。
(似合わないぃ……けど、猫と会話ならさせてあげられる)
専門としている白魔法ではないが、動物に言葉を話させるようにできる魔法は存在した。マナも動物は好きで、子供の頃話せたらいいと思っていたので、覚えて使っていた。頻繁に使っていた魔法ではないが、難易度の高い魔法じゃないので、今でも使う事が出来るだろう。
(問題は魔法をいつ使うかだね……姿を見せないと好感度は上がらない。翼族は魔法を使えないから、翼族の姿になって魔法を使うのは駄目。この城の中で人間の姿になってドールットの前に出ると、つまみ出されるかも)
頭をフル回転させてどうするか考える。すると、一つのアイデアがマナの頭に浮かんだ。
だが、そのアイデアは突拍子もないもので、成功すると言い切るには、不確定要素が多すぎた。
やめておこうと思ったその時、猫が一匹マナの方に歩いてきた。このままだとぶつかる。思わず回避すると、近くにあった餌を乗せるようの鉄の皿を踏んでしまった。カシャンと、物音が小屋に鳴り響く。
「何だ」
物音を聞いたドールットは、猫と戯れるのを中断した。
立ち上がり、小屋を見回す。
マナは冷や汗をかきながら、静止していた。
「確かに物音が聞こえた……私だけでなく猫たちも反応していた。幻覚ではない」
音が鳴った瞬間、猫たちも音が鳴った方を見て、警戒するような姿勢を取っていた。
ドールットは、先ほどマナに向かって歩いた猫を見た。
「シーちゃんが鉄の皿を踏んだのか……?」
ドールットの呟きを聞き、原因は猫であると思ってくれたようでマナは安心した。しかし、それも束の間、
「いや……いる……意識して探らないと感じられないくらいかすかなものだが、何者かの気配を感じる……」
眉間にしわを寄せながら、ドールットは言った。彼も六翼を持つ翼族だ。実力は並大抵のものではないだろう。姿を透明にするだけでなく、最大限気配を消していたマナだったが、嗅ぎ取られてしまったようだ。
「姿が見えないのはなぜだ。何らかの術か? …………人間が使う魔法には、透明になれるものがあると聞いたことがある。潜んでいるのは、人間だな。なるほど、貴様の狙いは読めたぞ。私の可愛い可愛い猫たちを盗みに来たのだな! そうはさせん! 八つ裂きにしてやる!!」
最後だけは違う! とツッコミそうになったとを寸でのところで止める。
ここに来た理由だけは違うとはいえ、それ以外は全て当てられている。どうするか悩む。
戦った場合、相手は六翼で強いとはいえ、マナも力を取り戻している。勝つ可能性の方が高い。しかし、騒ぎを起こして、この城の翼族たち全員を相手取ることになれば、負けるかもしれない。
一旦逃げるのも可能かどうか。仮に逃げおおせても、透明の間者が混じっているという事が城中に知られれば、簡単に潜入できなくなってしまう。
そもそも今回の目的は、戦う事ではないくドールットの懐柔である。戦うのだけは何としてでも回避する必要があった。
――こうなったら……さっき思いついた作戦を試すしかない。
先ほど思いついた突拍子もない作戦は、上手くいけばこの状況を打破できる可能性があった。ほかにこの場を上手くしのげるいい案も見つからなかったので、試すことを決意した。
透明になるのをやめ、姿を現した。
現れたマナの姿を見て、ドールットは目を見開く。
顔と体は普通の五歳児の人間のものだったが、大きく違う点が二つあった。
頭から猫耳、お尻から尻尾が生えていたのである。
現れたものが予想外で、ドールットは言葉を失う。
マナは少し頬を赤く染めながら、考えていたセリフを口にした。
「ア、アタシは人間じゃないにゃ。猫神様にゃ!」
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