第四十一話 前世の記憶⑥
――――同じ目に遭わせてやる
そう宣言して飛び去ろうとする、エマをマナは止めた。
「待って!」
「マナ、お前の頼みでもこれだけは聞けん。私は復讐をする」
復讐を無意味だと、止めようと思っているエマはそう言ったが、それは勘違いだった。
「アタシも一緒に復讐する」
「何?」
「一人で行っても出来るか分からないでしょ? アタシがいれば成功率は上がるよ」
「……それはそうだが……だが、マナはこの村とは無関係だ」
「無関係じゃないよ! エマの大事な場所だもん! こんなの酷すぎる!」
「だが……復讐は危険を伴う……お前をそんな目に遭わせるわけには」
「アタシは、エマだけが危険なことをしようとするのをほっとおけない。アタシも一緒に行く」
頑ななな態度に、エマは説得するのを諦めた。
「分かった……頼む、復讐を手伝ってくれ」
マナは力強く頷いた。
「行く前にようがある。来てくれ」
エマは神殿の方へと歩いていく。
「あの神殿に何かあるな」
「あそこには、土の精霊ドンダがいる。村を襲撃した連中について何か知っているかもしれん」
「へー、精霊ね」
「それとドンダは、大地を操ることが出来る。皆の遺体をこのままにはしておけないし、弔うのを手伝って貰う」
エマは先ほどまで怒りで我を忘れているように見えたが、案外冷静さを残しているようで、マナは少し安心する。
神殿に入り、大部屋までいった。
部屋に入った瞬間、黄土で出来初めて見る生物がいて、マナは面食らう。
「ドンダ、久しぶりだな」
「エマか……お前は生きていたか」
「これが土の精霊のドンダ?」
「そいつは人間か。何とも色気のない女だ」
「い、いきなり失礼だな!」
「そいつはマナ。私の親友だ」
「そうか。わしはドンダ。見ての通り精霊だ。よろしく」
「よ、よろしく」
精霊を初めて見たマナは、ドンダが普通に挨拶をしたことに戸惑う。
「村の者が全て殺された……お前は守ってくれなかったのか?」
「そんなことはない。戦ったが、敵は手練れだった。人間は脆弱な連中だと思っておったが、考えを改めたな。この神殿内部を守るだけで、精いっぱいだった」
手練れと聞いて、エマは表情が険しくなる。
ドンダの力がかなり強力である。
その強いドンダに、手練れと称されるほどの実力を誇る者の心当たりは、一つしかなかった。
「プラニエルか……」
「でも、アンリの話だと、エマの殺害の命令が下ってたんじゃないの? 時間的にプラニエルがやるのは難しいと思うけど」
「プラニエルには二軍があるだろう。一軍に比べれば弱いが、それでも手練れが集まっている。そうだ、ここを襲った奴らは腕章を付けていなかったか? 戦女神を象った腕章だ」
プラニエルは腕章を付けている。それは一軍も二軍も変わりはない。若干一軍と二軍でデザインは違うが、それでも戦女神を象った腕章というのに変わりはなかった。
「腕章は付けておったな。鎧を着た女が描かれた奴だ。それが戦女神かは、分からがな」
「……間違い。プラニエルだ」
「そう……みたいだね」
「ラプトンは、プラニエル二軍に村の皆を殺すように命令した……」
復讐すべき対象がはっきりと分かったエマは、憎悪を瞳にたぎらせる。
「まずは、ラプトンだ。奴は必ず殺す。そのあとはプラニエル二軍の連中を皆殺しにする。命令されたなどとは関係ない。この殺戮にかかわった連中は全員殺してやる」
エマの様子を見たマナは、このまま復讐を止めなくていいのか、不安を抱いた。
しかし、エマの復讐は正当であるし、気持ちも分かる。仮に止めても、止めることは出来ないと思ったマナは、自分も最後まで手伝うと決めた。
エマとマナは、村の遺体をドンダの手を借りて弔った後、復讐をするためにラプトンの住居に向かった。
〇
ラプトン将軍は、都市の外れに居を構えていた。
エマを仕留め損ねたというのは、当然ラプトンも知っており、復讐に来るというのも十分想像の付く事だったため、ラプトンの住む屋敷は厳重な警備がなされていた。
ただそれでも、エマとマナの二人を止めることは出来なかった。
あっさりと警備兵たちを倒して、屋敷に侵入した。
エマはプラニエルが、ラプトンの警護に当たっていると予想していたが、なぜかしていなかった。
「プラニエルが奴の使える最強のコマのはずなのに……なぜだ?」
「なんでだろ。でも、昔の仲間と戦わずに済んで良かったね」
「いたとしても正面からぶつかれば倒せる自信はあったが……もしかして、奴らも正面からの戦いでは勝てないと思い、奇襲を狙っているのか? マナ、慎重に進むぞ」
「うん」
エマはそう思ったが、結局奇襲はされる事無く、ラプトンのいる書斎までたどり着いた。
ラプトンは、書斎にある机に肘をつき、手を組んだ状態で、
「ようやく来たか」
と言って二人を出迎えた。
そこに動揺や焦りは見えない。
さりとてまだ殺されないと楽観しているようでもない。
死を受け入れ、諦めているような表情だった。
「警戒はしなくてもいい。プラニエルはここにはいない。奴らを使っても貴様から逃げられないのは知っている。わざわざ無駄に死なせることもないだろう。貴様から逃げるには、世界をこそこそと隠れみじめに生きるしかないだろうが……そんな生き方はごめんだ」
ラプトンは完全に死を覚悟していた。
エマはその様子に苛立つ。
「随分余裕だな。楽に死ねると思っているのか? お前にはありとあらゆる苦痛を与えて、そして殺してやる」
「好きにしろ。だが、覚えておけ。苦痛など人間が感じているだけのまやかしに過ぎない。与えたところで本質的には無意味で、貴様の気が晴れることはない」
その言葉を聞いて、さらに苛立ったエマは、懐からナイフを取りだして、ラプトンの目に向かって投げつける。見事に命中した。
「ぐ……」
凄まじい激痛を感じたが、ラプトンの反応はそれだけだった。常人離れした忍耐力である。
「ああそうだ。最後に言っておかなければならないことがある。お前の父親、ルドマンだが……死んでしまったぞ」
「!!」
「奴め牢に閉じ込めていたが、舌を噛み切って自殺しおった。軟弱な奴だ」
父親の死という衝撃的な情報をもたらされて、エマはさらに怒りを深める。
「き、貴様ぁああああああ!」
エマは飛びかかり、ラプトンの目に突き刺さったナイフを抜き、もう一個の目に突き刺した。
「ぐ……くくく……凄まじい怒りだな」
ラプトンはいまだに余裕の態度を崩さないどころか、笑みを口に浮かべた。
「本来恨むべきはルドマンなんだぞ? 奴が過ちを犯したせいで、貴様は生まれ、あの村は焼かれ、貴様も苦しんでいる。人間と魔族が子をなすなど、忌まわしいことをしなくては、この惨事は起きなかった」
ラプトンは笑みを崩さずに挑発するように言った。
エマは怒りで我を忘れた。
苦しませるという目的は頭から消え去り、ただただ目の前にいる憎い存在をナイフでめった刺しにし続けた。
「お前のせいで! 村は! 母さんは! 父さんは! 全部お前のせいで! お前のせいで! お前のせいで!!」
刺すたびに血が飛び出し、エマは返り血を浴びる。
「エマ! やめて!」
流石に見てられないと思ったマナが止めに入る。
「止めるな! こいつに地獄の苦痛を与え……」
「も、もう死んでるよ!」
マナに指摘され、エマは刺すのをやめてラプトンを見る。
ラプトンはすでに血を流しすぎて、こと切れていた。
「ぐ……」
憎き敵は討った。
だが、エマの気が晴れることはなかった。
「あああああああああああああああああああああああああ」
虚しさ、怒り、悲み、様々な感情がこもった慟哭が、屋敷中に響き渡った。
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