第三十八話 前世の記憶③
それからマナとエマは、一緒に行動することが多くなった。
両者ともほかの隊員たちからは、煙たがれていたが実力は高いため誰も文句を面と向かって文句を言う事は出来なかった。
とある日、戦のあと。
「あー、疲れた……今日はいつのも増して、疲れる戦いだった」
ベッドに倒れなこみながら、うんざりしたようにそう言った。
プラニエルは徐々に立場を高めていき、最近ではかなり重要な役割を任されるようになった。
それに伴い、隊員にかかる負担も大きくなり、最近まではほとんど隊員の戦死者は出ていなかったが、徐々に戦死する者も増え始めていた。
「これからもっと疲れる戦は増えていく。この程度で弱音を上げないことだな」
ベッドに腰かけたエマがそう言う。
最近、この二人は当たり前のように、エマの部屋で過ごす事が多かった。
プラニエルには隊員それぞれに個室が与えられるのだが、マナの部屋で過ごす事はなかった。理由は部屋が汚いからである。掃除するという事が苦手な女であった。
「よし! 料理を作ろう!」
いきなりマナが飛び起きてそう言った。
「何だいきなり」
「こういう戦い疲れた後は、美味しい物でも食べるのが一番でしょ! この隊の料理まずいから、自分で作る!」
「マナは料理なんて作れんだろう」
絶対に料理など出来ないと決めてかかったエマ。
「何で決めつけんだよ! アタシはこう見えて料理は大得意なんだよ!」
「そうなのか?」
「論より証拠! 厨房使わせてもらおう!」
「ま、待て」
部屋を飛び出たマナを、エマは追いかける。
マナは厨房へと行き、料理人に使わせてもらうよう頼んだ。
最初は難色を示していたが、粘り強い説得で首を縦に振らせて、使わせてもらうことになった。
「それで、何を作るんだ?」
「オムレツ」
「またべたな料理だな。ほかには?」
「オムレツ」
「いや、オムレツだけ食べる気か? ほかにも色々作った方がいいだろう」
「アタシ、オムレツしかまともに作れないから」
「おい、さっき料理が得意って言ってただろ」
「オムレツが作るのが得意ってことは、つまり料理を作るのが得意ってことなんだよ!」
「それはオムレツ作りが得意なんだ! 断じて料理が得意とは言わん!」
「細かいことはいいじゃない。とにかく作るから」
マナはオムレツづくりを始めた。
卵を割ってボウルに入れ、調味料をいくつかいれてかき混ぜる。
それをバターの引いたフライパンに入れて、過熱していく。
いい感じに焼けたら、へらで丸めて、それを皿に移した。
「完成!」
「何か割と美味しそうだな。オムレツすら出来ないというオチだと思ったが」
「ば、馬鹿にして~。食べてごらんなさい!」
「いただきます」
エマはスプーンでオムレツを掬い、自らの口に運んだ。
「!!」
そのオムレツは驚くほどふわふわとろとろとしていた。
今まで食べてきたオムレツの中で最高の触感である。
味も調味料を入れたのが効いているのか、特にソースなどをかけていないが非常に美味しい。
エマはスプーンを動かすを速めて、凄い勢いでオムレツを食べ、一分も経たないうちに完食した。
「どうだった?」
「……ま、まあまあだった」
「おかわりいる?」
「いる」
まあまあと言った割に、エマは即答した。
それから三皿分オムレツを作り、エマは全て平らげた。
これ以降、マナは時折オムレツを作るよう、エマに催促されるようになった。
〇
それから数か月後。
戦いは激化の一途辿り、プラニエルも厳しい戦場に投入されることが多くなっていった。
戦いを経験すればするほど、マナとエマの二人は強くなっていった。今ではプラニエルはエマが一番強く、二番目に強いのがマナという事になっていた。マナも強さはエマに劣るが、回復魔法や支援魔法も使っているため、重要度では一番高かった。
疎まれていた二人だが、戦場で隊員の命を何度も救ったりしたため、徐々に周りからの評価も変化していった。
仲良くなったというわけではないが、以前のように陰口を言ったり、敵視するようなものはいない。
今では二人を中心に、プラニエルは戦うようになっていた。
その日も厳しい戦場に派遣された。
エマは前衛で敵兵に突撃をし、マナは後衛で回復魔法で味方を癒したり、魔法で攻撃をして味方を援護するのが役目だった。
その日は、エマたちの働きで、あっさりと敵を蹴散らし、楽勝ムードが漂っていた。
「今日はあっさり勝てて良かったな~」
とマナは若干を気を緩めていたが、それが凶事を招く結果となった。
後衛の近くに伏兵が潜んでおり、気の緩んだところを奇襲してきたのだ。
「うわ!」
奇襲を受けマナは動揺する。
何人か隊員が討ち取られ、マナは必死に応戦する。
しかし、敵の数が多すぎて、完全に囲まれた。
攻撃魔法を必死に放ち倒していくが、全員は倒せず窮地に陥る。
そんな時、
「マナ――――!!」
頭上から声が響いた。
エマの声だ。
八枚の翼で華麗に空を飛んでいるエマが、マナを助けるべく急降下してきた。
「エマ!!」
マナは助けが来たという歓喜の表情で叫んだ。
地上に降り立ったエマは、敵兵たちを次々に斬り倒していった。
まさに一騎当千の働きで、敵兵たちを次々と斬り倒していった。
あまりの強さに敵兵は撤退していき、危機を脱することになった。
「あ、ありがとうエマ! 助かったよ!」
マナが近づくと、エマが膝をついた。
よく見ると、腹の辺りに怪我を負っていた。
戦いのとき斬られたのだろうか。ぱっと見で重傷と分かるくらい深い怪我のようである。
「い、いけない! ハイヒーリング!」
マナは急いで回復魔法を使用した。
怪我は瞬く間に治っていき、完治した。
「ふー、良かった治った」
「……ありがとう。マナの回復魔法は相変わらず凄いな」
「いっぱい練習したからね。とにかく助かってよかった。これで貸し借りなしだね!」
助けてもらったことをチャラにしようとするマナだったが、
「いや、これはマナを助けるために負った傷なんだが」
「うっ……」
痛いところを突かれる。
「今度オムレツをたくさん作ってくれ」
「うん、作る……」
翌々日マナは20皿分、オムレツを作る羽目になった。
〇
ずっと戦ってばかりだが、たまにはプラニエルにも休日は訪れる。
休日は、エマの部屋でごろごろと怠けることになっていた。
今日も二人でごろごろしていたが、不意にマナが立ち上がって、
「よし! 町にお買い物に行こう!」
そう叫んだ。
「何を買いに行くんだ?」
「特にほしいものはないけど、お給金余ってるでしょ! 勿体ないでしょ!」
二人は人質を取られ強制的に戦わされている身ではあるが、報酬は貰っていた。だからと言って納得して戦っているわけでは、当然ない。
「別にいかんでいい。そんな事よりオムレツが食べたい」
「昨日も食べたでしょ! 中毒になってんじゃないの!?」
「あれはなんど食べても飽きん」
「そう言われると嬉しいけど……でも、今日は外に出かけよう! アタシはエマと一緒に町に行きたいの!」
「むう」
実のところ、あまり人のいる場所に行きたくないとエマは思っていたが、マナにそう言われると断り辛い。
「分かった行く」
結局行くことになった。
プラニエルの兵舎があるのは、ドレールドという国内最大級の町であった。
人口も多く、商業も盛んに行われている。
特に市場には露店が多く立ち並んでおり、よくある雑貨から、一般人ではとても手が出せない高価なものまで多く売ってあった。
人が多くおり、エマは翼族ということで、相当じろじろと見られていた。
敵視されていると思い居心地が悪く思っていたのだが、実際は違った。
プラニエルの知名度はかなり上がってきており、その中で翼族と人間のハーフが大活躍しているという話も、噂になっていた。
活躍する者には、案外好意的に思う者も少なくなかった。
完全に翼族ならまだしも、ハーフという事もあって、思ったよりエマは嫌われてはいなかった。
エマに向けられたこの視線は、有名人を見るかのような好奇心によるものが実際は多かった。
「うっとうしい……やはり帰ろう」
あくまで敵意を向けらていると思っているエマは、ストレスがたまり帰ろうとする。
「えー、せっかく来たんだし、何か買っていこうよー」
マナのお願いには弱いエマは、ため息を吐きながら「仕方ない」と呟いて、視線を我慢して買い物をすることに決めた。
「この人形持ってたら、運が良くなるんだってさ!」
マナは雑貨屋にある、小さな人形を指さした。
「嘘だろ、そんなの」
「えー、分かんないじゃん。可愛い人形だし買っちゃおう!」
反対を押し切りマナは人形を購入。
「はい、あげる!」
「何でくれるんだよ」
「だってエマの幸運を祈って買ったんだし、エマが持っておくべきだよ」
「は、はぁ?」
戸惑いと嬉しさをエマは同時に感じた。
受け取らないと悲しみそうなので、エマは仕方なく受け取る。
「どうせ、効かないだろうがな……」
そう言いつつ、マナに貰った物ならもしかしたら、とエマは思っていた。
それからエマのストレスが限界に達したため、視線を避けるため町を出て近くの人のいない川辺に向かった。
「ごめんね今日は無理させちゃって」
「別に怒ってはいない」
本心であった。何だかんだ言って、マナと一緒に歩くのは、エマにとっても楽しくはあった。
それに、プレゼントを貰ったのも初めてであり、そういう意味では特別な日にはなった。
「今度はエマの翼を隠さないといけないのかなぁ。アタシ、エマの翼好きだから見ていたいんだけど」
「ひ、人のいない場所にいればいいだろう。それこそこことかな」
「それもそっかー。二人でいても楽しいからねー。今度はこの川で釣りでもしよう」
「釣りか……やったことないな」
「アタシは結構あるよー。あんまり上手じゃないんだけどね」
マナは苦笑いしながらそう言った。
そのあと、しばらく川辺でのんびりしたあと、日が暮れてきたので兵舎に戻ることにした。
帰っている途中、ふとマナが呟いた。
「あーあ、エマが男の子だったら良かったのにな~」
「どういう意味だ」
「だって、男の子だったらエマと結婚できるじゃん? エマってかっこいいし、意外と優しいし、男の子だったらアタシ絶対好きになってたねー」
その発言にエマは顔を真っ赤にして、下を向く。
「……私は女同士でも結婚したい」
思わずぽつりとつぶやいた後、やばい、と思ってマナを見た。
「えー、何て言ったの今~、聞こえなかったー、もっかい言ってー」
聞こえてなくてほっとしたが、ちょっとだけ残念なような複雑な心境になる。
「言わない」
「えー、言ってよー」
「これは絶対に言えない」
帰り道、何度も言うように問い詰められたが、何て言ったのかを言う事はなかった。
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