第16話 アジト内にて

2020年12月20日

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 リーチェは目の前の光景に衝撃を受けた。

 飛び散る血、四散する肉片と内臓。爆発に巻き込まれた奴隷は原型を留めていなかった。
 以前ペペロン達が、村を襲撃してきたBBCを皆殺しにする光景を見た事はある。それでも、ここまでひどい死に様は見なかった。
 その光景を見て、リーチェは強い吐き気を感じる。胃酸が喉元に上がってくるのを感じる。リーチェは必死で口元を押さえてうずくまり、吐き気を何とか抑える。
 リーチェの目に涙が浮かぶ。吐き気を無理やり抑えたからなのか、ひどすぎる光景を見たからのかは分からない。身を震え上がらせるほどの恐怖感と、嫌悪感がリーチェの心を支配していた。

「おい、片付けろ」

 そんなリーチェとは裏腹に、人間の男は淡々と何も感じていないかの表情でそう命令した。その後、死体が片付けられる。鉄のつかみばさみでまるでゴミでも拾うかのような感じで、袋に死体を詰めていく。

 リーチェはその光景を見て、強い怒りを感じた。

 何故、こんなにゴミみたいな扱いを受けているの? さっきの奴隷達の命をなんだと思っているの? 

 その怒りは彼女の胸のうちにあった恐怖感と嫌悪感を徐々に塗り替えていく。彼女は強い正義感を持っている。その彼女にとって許しがたい光景であった。

「その死体は外に居る適当なモンスターにでも食わせておけ。まったく迷惑かける。おい、お前らも死ぬなら過労で死ねよ。爆死は処理がめんどうだからなるべくやめろ」

 そうBBCの男が言った時、リーチェの怒りが頂点に達した。

「なんなのあなた達……命を何だと思っているの……」

「あ?」

「この外道! 何で命をあんなにゴミのように扱えるのよ!」

「……お前、新入りだったな」

 人間の男がリーチェを睨む。

「教えてやる。ゴミのように扱える理由を。単純だ。お前たちが道具だからだよ。ここにいる奴らは全員、使い終わったらゴミになる消耗品なんだよ。命などという上等な存在ではない。てめーらは道具として俺たちに使われ、壊れたらゴミとして捨てられるんだ。心に刻んでおけ」

 吐き捨てるように男は言った。リーチェは男が本心から言っているのだと、彼の目を見て理解した。まるでゴミを見るかのような目だった。蔑むような目で見られたことはリーチェだったが、ここまでお前は無価値な存在であると言いたげな目つきで見られたのは、初めての経験だった。

 リーチェは、男の言葉を聞き、目を見て、さらに怒りがこみ上げてきた。
 彼女は男を睨み返しながら、

「ふざけないで! 道具なんかではないわ! 皆、あんた達みたいなクズに使われるために生まれてきたわけでもないのよ! こんな死に方していいわけない! 絶対にないわ!」

「……お前は教育してやる必要があるようだな」

 男がそう言った。その後、

「あー、待ってください。ペルストさん、教育は私にさせてくれませんか?」

 そう言ったのはパナだった。

「パナか。お前は本当に俺に取り入ろうとしてくるよな」

「ええ。道具でもいい使い道があれば、もっと大事に使うといったのはペルストさんでしょう? 私にはもっと良い使い道があると、ぜひペルストさんに理解して欲しいのです」

「くくく、そうか。お前は本当にずる賢いやつだなぁ。分かったお前にそいつの教育は任せる。失敗したら逆にお前が教育される番だからな」

「分かっていますよ」

 パナはそう返答した後、リーチェに近づき、腕を掴んで、

「来い」

 と言った。

「ど、どういうことパナちゃん」

「いいから来い」

 パナをリーチェを引っ張りながら歩き出す。
 少し釈然としなかったが、リーチェは抵抗せず大人しく引っ張られた。

 パナはリーチェを引っ張ってある部屋まで入った。部屋の中には鞭やら鎖やら針やら、拷問をするのに使う道具が揃えられていた。

 リーチェはその部屋を見た瞬間、恐怖感を感じる。入るのを拒もうとしたが、腕を強引に引かれて入れられる。

「な、何をする気なの?」

「教育だ」

「な、なんのよ! 出してよ!」

「お前が自分の事を道具だと思えるようになったのなら出してやる」

「ふざけないで、私は道具なんかじゃない!」

 リーチェは心の底から叫ぶ。パナはそんなリーチェを冷たい眼で見る。

「選択肢は二つだ。お前はこれからここで拷問を受けるか、もしくは今すぐ嘘でもいいから認めるか、二つに一つだ。私も特に嗜虐的な趣味を持ってはいねぇ。お前が自分は道具です、と認めれば何もせずここから出してやろう」

「そ、そんなこと……私は道具じゃない……」

「じゃあ拷問されるか?」

「い、嫌」

 リーチェは顔を青ざめさせながら首を横に振った。

「リーチェ。現実を見やがれ。お前にここで何が出来る? 奴隷達を助けられるか? BBCのやつらを倒せるのか? ここから逃げ出せるのか?」

「……」

「出来やしねーだろ。お前はここで従うか、もしくは死ぬか。それしかねーんだ。賢くなれよ。ここは従っておけ」

 リーチェはしばらく何もいえなかった。
 現実的な考えとして、パナの言っている事は正しかった。何ひとつ間違っていなかった。
 それでもリーチェは間違っていると否定したかった。しかし、出来ない。否定する言葉を必死で探すがどこにも見つからない。彼女は残酷すぎる現実に直面していた。

 そして、

「分かったわ……ここでは私は奴らの道具に過ぎない。認めるわ」

 リーチェは認めることにした。

「賢い選択だ」

「でも、だからって心の底からそう思うわけではないわ。必ず奴らはペペロン様が退治して、助けてくれる」

 それでもリーチェの眼は死んでいなかった。彼女は力のこもった眼で、パナを睨みながら宣言した。
 その眼を見て、今まで表情を崩す事のなかったパナが少しだけ驚いた様な表情を見せた。パナはすぐに表情を元の無表情に戻した。

「こんな場所に、助けなんかくるかよ。」

「ペペロン様なら絶対に来るわ」

「そうか、勝手に思っておけばいいさ。じゃあ、ペルストには従った振りをしろ。今日みたいな真似は何があってもするなよ。そうなると、今度は私が教育を受けることになるからな」

「分かったわ」

 リーチェは頷いた。
 その後、2人は拷問部屋から出た。

 そしてペルストの前に行き、

「教育終わりました」

「もう終わったのか? 怪我はしていないみたいだが」

「ああ、あの部屋を見た瞬間、腰が抜けて全面的に言うとおりにすると言ってきましたよ」

「そうか。案外腑抜けだったか」

 ペルストはそう言った後、リーチェを見ながら、

「お前は何だ?」

 と質問した。

「……道具です」

「そうだ。お前は新入りだから、見ておけという話だったな。ほかの奴らの作業が終わるまで見て仕事を覚えろ。作業は明日から参加してもらう。パナ、お前はちょっとついて来い」

 2人は返事をし、パナはペルストに付いていき、リーチェは作業を見ることにした。

 そして、数時間後作業が終わる。爆死したものは出なかったが、奴隷達は皆へとへとになり口すら利けないような状態になっているようだ。

 その後、リーチェは自分が収監されている牢に戻された。

 牢の中には既にパナもいた。

「仕事は覚えたか?」

 牢に入ったらそう話しかけてきた。

「ええ」

「そりゃあいい。明日からは地獄を見ることになるから頑張れよ」

「……分かってるわ」

 その後、しばらく沈黙が流れる。

「ねぇ、あなたあそこで、教育するって申し出たのは何のためなの? 私を助けるため?」

 沈黙を破ったのはリーチェだった。
 その質問を聞いたパナは、しばらくきょとんとして、

「ははは!」

 と笑い出した。基本無表情なパナが笑う所を、リーチェは初めて目撃した。

「私がお前を? そんな必要がどこにある。あれは媚を売っていたんだよ」

「媚? 誰に」

「ペルストの野郎に決まっているじゃないか。このアジトは奴が取り仕切っている。やつに気に入られたら爆岩を採掘する奴隷から、ほかの奴を仕切ったり、アジト内の整備だとか掃除だとか食料を運んだりとかする奴隷にランクアップできる。うまくいきゃあBBCの正式なメンバーになれるかもな」

 それを聞いてリーチェは例えようのない不愉快な気分になった。

「あなたあんなクズ共の仲間になりたいの?」

「ああ、そうだ。気に入らないか?」

「気に入るわけないじゃない。人を平気で道具扱いするような奴らの仲間になりたいなんて、話を聞いて」

「仲間にならず作業を続けていたら、いずれ爆死するか過労死で死ぬ。お前はそれが正しい選択とでも言いたいのか?」

「そ、それはそうじゃないけど……プライドがないのかって言いたいのよ」

「ハハ、そんなもん生きるためには何の役にもたたねーな」

 パナは軽く笑い飛ばした。リーチャはその態度が少し鼻につき、

「同じ小人でもペペロン様とはだいぶ違うのね」

 と不満を口にした。

「ペペロン? さっき言ってた奴か。小人なのかそいつは」

「そうよ」

「助けに来てくれるって言ってよな? 小人が? ハハハ、ありえない話だな」

「ペペロン様を馬鹿にするのは許さないわよ。あの方は前も私の村を救ってくれた。今回もきっと救ってくださるはずよ」

「無理だって。小人の弱さは私が一番知っている。小人はな、私みたいに賢く立ち回らないと、生きていけない哀れな種族なんだ」

「ペペロン様は強いの!」

「はいはい」

 その後、少しリーチェはペペロンの強さ説明するだが、パナはまともにとりあわなかった。
 リーチェはパナに対して悪印象を抱き、今日の日が終わった。

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