30.聖女の仕事
そのあとも私は施しを続けました。
すると、瞬く間に私の噂は、街中に広まっていきます。
街中の恵まれない人々が、私の元に集まってくるようになってきました。
その頃には既に、私の呼び名は聖女様で定着するようになります。
それでも、全然紫の水で、人々の飢えを無くすことは出来ました。
まあ、私はその当時は常に水を作って大変な思いをしていましたが。
今は、やらなくていいのか、ですか?
実は、スキルを使っていくうちに、効率的な使い方が分かってきたんです。
【虹色の神水】は普通に使えば、七つ同時に出てきますが、一つだけ出す事が可能なんです。
一つだけ出しますと、満タンの量が七つ出したときの十倍になり、水が増えるスピードも増します。七つ同時に出すより、なぜかお得になるのです。
これのおかげで、一週間くらいやれば、三か月分の水を生産できるようになるのです。
それに、以前に比べると、貧民の方たちも紫の水に頼らずに生きていけるようになってきましたので、今はずっとやらないといけないというわけではないんです。
えーと、それで、私の知名度が上がってきますと、当然良い人ばかりにその話が流れるわけではありません。
悪い人にも情報が流れ、私は狙われるようになってきます。
私の出す紫の水は、想像以上に価値があります。
商人にとっては莫大な利益を生み出せるである、宝の水のようなものです。現時点で金がなく、飢えている人には売れませんが、金を持っている人でも、そのうち飢える可能性がないとも言い切れませんので、欲しいものですし。貴族の方々にも需要があります。戦争時の兵糧としてはこれ以上ない働きをします。
それでも紫の水だけなら、まだそこまで躍起になって狙われる事もなかったかもしれませんが、レベルを上げる赤い水があると情報が流れたときに、本格的に狙われるようになったと思います。
レベルが簡単に上がる水はもはやどれだけの価値がつくか、その時点では想像すらつきません。コップ一杯分でレベルが限界レベル分まで上がりますから。本来血の滲むほどの努力をして、限界レベルまでレベルを上げるのを考えると、その努力が要らなくなると言うのは、かなりの価値になるのです。
とにかく狙われるようになってしまい、一回攫われそうになったこともあります。その時は何とか逃げられたのですが、このままでは危ないと思い、誰か自分の身を守ってくれる味方を増やそうと思います。
幸いその時、自分を慕ってくれる人はたくさんいます。
その人たちは、私が攫われそうになったと知ると、怒り、自分が護衛すると、申し出てきます。
貧民の方達は、限界レベルの高い方が少なく、護衛をすると非常に危険です。ただし、中には高い方もおられました。限界レベルは高いけど、レベルが上がりにくくなる病気にかかっておられた方や、レベルイーターという魔物に、レベルを食われ、一桁までレベルが下がってしまった方などです。レベルは若いうちでないと、上がりにくいので、40歳にくらいになってから、レベルを下げられると、どうしようもないらしいのです。
ただそんな方でも私の赤い水であれば、レベルを上げる事が出来ました。
とにかく100人くらい、事情があって、限界レベルが高いけど、貧民になってしまっている方がいました。その方たちが中心になって、私の護衛をしてくれるようになりました。
そうなると、うかつに手は出しにくくなります。レベルが高いだけでなく、全員に能力を強化させる水を持ってもらっていたので、それ以上に強くなっていました。
それから私は、町の偉い人と交渉をします。
自分の作った水を売るという交渉です。
それで大金を手に入れて、貧民の皆様を潤そうという考えでした。
交渉は簡単に成功しました。
その偉い方は私から買った値段以上の値段で、他国に水を売りに行って大もうけしているみたいだったので、もうちょっと高くしてもよかったかも知れませんが、とにかくそれで大金が手に入るようになります。
私はそのお金を作って、孤児院を作ったり、味がない紫の水以外のちゃんとした食事が出来るように、食べ物を恵んだりしていきました。
自分で贅沢はしなかったのか、ですか?
うーん、こんな家を建ててもらったのは、贅沢と言えば贅沢ですね。
でも、私はたまに本を読めばそれで十分ですので、そんなに浪費はしてないですね。アイサは食べるのが好きですので、若干金を使いますけど。
それから、町の周辺に現れる魔物を退治したりもするようになりましたね。護衛の人たちは徐々に数を増やしていき、貧民の方以外からも、私の護衛をしたいという方が出てきましたので。今では軍隊みたいになっていたと思います。私は指揮は出来ないので、指揮は出来る人に任せていますけど。
大勢のレベルの高い人がおりますので、魔物退治は簡単に出来ます。
軍隊が出来た事で、町の偉い人からは疎まれるようになってきました。というより恐れられていたというのが正しいですか。実際、その気になれば私はこの町の支配者になれるほどの戦力を持っていますから。
しかし、別に私は支配者にはなりたくないので、そこまではやりません。
ただまあ、偉い人にとって都合の悪い要求を飲ませるために、ちらつかせるくらいですかね。そのくらいはしないと貧しい人は救えないので、しょうがないです。
えーと、ここまでが私の異世界生活です。
大変な事もあったけど、楽しい事もいっぱいありました。
日本に帰りたいと思うときもありますけど、今はこの世界で出来る事を必死でやろうと思っています。
〇
「すみません、長々と話してしまって」
「いや、聞きたいって言ったのは、俺たちだし、話してくれてありがとう。面白い話が聞けてよかったよ」
「そ、そうですか、それは良かったです」
リコは照れたように笑みを浮かべた。
しかし、話を聞く限りではリコはこの町で、すごい権力を握っているようだな。
要は、この町を掌握しているようなものじゃないか。あくまで民衆のためなので、問題はないけど、こんな短期間で凄いな。
彼女は最初に出会った時は、弱々しい女の子という印象だった。実際不良相手に、ビクビクと怯えるばかりだったし。異世界に来てからだいぶ成長したんだな。
もう外も暗くなってきている。
そろそろ帰らなくては、迷惑だなと思い、
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るよ」
椅子から立ち上がりながら言った。
「あ、そうですか。今日はお話していただいてありがとうございました」
「いや、俺もリコの話を聞けて、楽しかったし。あ、でも刻印が災いを引き寄せるって話は、忘れないでくれよ。リコは味方も多いみたいだから、やられないかもしれないけど、念のため用心しておいてくれ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
リコの堅苦しい返事をする。
「また来てねー、おじさんとぬいぐるみさんと、猫のおねーちゃん」
アイサが微笑みながら手を振りそう言った。
お、おじさん?
そこまで老けてないはずだけど……まあ、この子からしたら俺なんておじさんか……。
俺は軽くショックを受けながら、アイサに手を振り返した。
俺たちはリコの家を出て、宿へと帰った。
○
一方その頃、勇者、大島弘は、目的地に向けて進軍していた。
弘は、大きな硬い鎧を身につけて、左手に盾を、右手に剣を持っている。
どちらかといえば、彼は防御を得意とするタイプであった。
彼に付き従う部下の兵たちは、数万を超える。
人間だけでなく、獣人の兵も多い。弘が攻め落とした城は多くが、獣人が支配していた場所であった。
弘は、家族を人質に取り、兵たちをさからえなくなるようにしていた。獣人兵たちの表情は重苦しい。弘個人に忠誠を誓っているものなどいない。しかし、勇者のとてつもない力と、家族を人質に取られているという事実は、彼らから逆らう気力を完全に奪い去っていた。
ちなみに家族を人質に取るという手は、弘が考えたのではなく、部下のアレベラスが考えた作戦である。弘は強さに関していえば申し分ないくらい強いのだが、頭の方は悪く、その上、日本で本格的な戦争をする経験など当然あるわけがないので、軍事に疎かった。その辺りを部下が上手くカバーをしていた。
「今回攻める町には、何があるんだっけ」
弘が横にいたアレベラスに質問をした。
「大きな図書館が一番の魅力でしょう。知識は国の宝となります」
「図書館? そんなもんどーでもいい。女はいるのか、良い女は」
「女……ですか。そういえば聖女というのが、最近になって出てきたらしいですね」
「聖女? そいつは良い女か?」
「詳しくは分かりませんが、容姿は良いという噂を聞きましたよ。それよりも、強いスキルを持っているようです。なにやら飲むとレベルが上がる水があるそうです」
「何それは本当か!?」
レベルを上げたいと思っていた弘には、これ以上ない情報であった。
「よし、そいつは確実に捕まえるぞ。ブスでもだ。俺のためにこき使ってやる」
彼はニヤリと笑う。
「あとどれくらいだ?」
「もうすぐ到着するかと」
「よし、レベルを上げる水があるなら、敵を倒す必要は無いよな。最初は聖女を引き渡したら、攻めないでやるといえ。この軍量なら敵も縮みあがって、渡してくるだろう」
「了解しました」
弘はそう命令し、ヴァーフォルへと進軍を続けた。
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