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第四十話 前世の記憶⑤

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「良かったねー、戦いから解放されて」

 非常に嬉しそうにしているマナとは対照的に、エマは浮かない表情をしていた。

「どうしたの?」
「……本当にあんなにあっさりと、了承するのだろうか……何かおかしい気がする……」

 エマはラプトンの事を信用しきれずにいた。

 あんなに簡単に自分を解放するはずがない。

 どうしてもそう思わずにはいられなかった。

「マナ……しばらくは私と一緒にいてくれ」
「え? う、うん、そのつもりだったよ」

 珍しく弱気な様子のエマの手をマナは握った。

 突然、部屋の扉が開いた。

 誰かが部屋に駆け込んでくる。

「びっくりしたー……え? アンリ?」

 飛び込んできたのは、アンリというプラニエルの女性隊員の一人だった。
 かなり急いできたのか、息を切らしている。

「し、真剣に聞いてちょうだい……エマ……あなたは命を狙われているわ」
「なに?」
「将軍からあなたを殺すようにプラニエルに命令が出たの。プラニエルにじゃないとあなたを殺すことは出来ないって……マナは生かして連れてくるように命令されたわ」

 二人はアンリの言葉を聞いて愕然とする。

「……しょ、将軍は嘘をついていたの?」
「やはりか……奴だけは信用できなかったんだ……用済みになったら殺す気か……」

 エマは怒りを心頭といった様子で呟く。

「もうすぐ、ほかの隊員が襲いに来るわ。一刻も早く逃げて」
「ま、待ってアンリは何でそれを私たちに?」
「エマにもマナにも何度も命を救われたから……私は殺したくない……ほかの隊員も本当は殺したくはないけど、人質を取られているから」
「え? 人質って皆取られてるの?」
「プラニエルの隊員はほとんどそうよ。個々が強力な力を持っているから、縛っておく必要があるのでしょう」
「待って、アンリあなたも人質を取られているんじゃないの?」
「……私は今はいない。とにかくすぐに言って」

 解放されたのかとマナは思う。

「とにかくありがとうアンリ! エマ! 逃げよう!」
「ああ」

 二人はバルコニーに出て、マナがエマの背中に捕まり、二人は空を飛んで逃亡した。

「流石に空を追ってはこれないか」
「アンリがいなかったら、危なかったかもね」

 二人は兵舎から遠く離れた崖の上まで移動し、一息ついていた。

 プラニエルには暗殺のスペシャリストもいる。
 いくら二人が強かろうと、奇襲を受ければ殺されていた可能性もあった。

「でも嘘をつくなんて、将軍は酷い奴だ!」
「まあ、分かっていたことだが……しかし、奴は私を殺すだけで済ますだろうか……」

 エマは考え、そして重大な事に気が付く。

 自分を殺そうとしているのなら、人質としているポーラハムの村の住人も殺すのではないか?

 元々魔族嫌いのラプトンである。庇護する必要性がなくなった瞬間、潰す命令を出してもおかしくはない。
 弟は魔族に誘惑され堕とされたと思っているラプトンは、ポーラハム村にいる母を恨んでもいる。

 取り越し苦労の可能性もあるが、念のためエマは行くことに決めた。

「ポーラハムの村に行かないと」
「そこってエマの故郷何だっけ……将軍がそこも攻撃してるの?」
「可能性が高い」
「は、早くいかないと!」
「マナも来てくれるのか?」
「当たり前だよ! 一緒に行こう」
「……ありがとう」

 マナは再びエマの背に捕まる。

 エマは飛び立ち、ポーラハム村へと向かった。

 もう長く帰っていなかったが、エマは故郷の場所はきっちりと覚えていた。

「あれだ、あの神殿が目印だ」

 ポーラハム村の翼族は、ポーラハム神殿を守っていた神殿守の末裔である。
 今は神殿を狙う者が皆無に等しいので、事実上守る役目は全くしていない。

 エマは神殿に向かって飛び続ける。

 近づくにつれ、違和感を持ち始めた。

 割と和気あいあいとした村だったが、近付いてもやけに静かだ。平原にある村なので、周囲に声を遮るものが無く、聞こえてきやすいはずなのだが。

 さらに近付き、村の様子が目視できるようになった。

 いくつかの家が崩れている。焼けた跡のようだ。

 その時点で、見たくない現実があるかもしれないと思いながらも、エマはポーラハム村へと飛び、そして絶望した――

 村人の死体がそこら中に転がっていた。

 地獄のような光景だった。

「ひどい……」

 マナは思わず呟いた。

 首ない死体、胴体が切り離された死体、手足がちぎれた死体、焼かれている死体、首を一突きにされた死体、子供の死体、様々な死体が、そこら中に転がっていた。

 ここまで凄惨な光景は、戦場でもそうは見ない。
 明らかに恨みをこめて殺したとしか思えない。
 将軍は、弟を誘惑した翼族のいる村を、忌まわしき村として、徹底的に破壊するよう命じたのだ。

 エマは地上に降り立った。

 ポーラハム村は小さな村だ。全員が顔見知りである。

 一人一人顔を見て、誰が死んでいるのかを確認していく。
 そのエマの顔には何の感情も浮かんでいない。心が壊れているかのようで、マナは見るのがつらいと思ったが、それでもエマの近くに居続けた。

 エマは死者の確認をしながら、生存者がいないか確認をしながら歩いていたがどこにもいなかった。

 そしてエマは一番見たくない人の死体を目の当たりにする。

「母さん……」

 エマの母親。

 髪は赤く翼は四枚であるが、それ以外はエマの生き写しかと思うくらいに似ていた。

 こんな時、何て声をかければいいか分からないマナは、ただただエマの近くで立ちすくんでいた。

 先ほどまで涙も出ない様子のエマだったが、母親の遺体を見て、ボロボロと泣き始めた。

 マナはこの時初めてエマの泣く姿を目の当たりにした。

 強く気高かったエマが、号泣するということは、それだけ強いショックを受けたということだろう。

 しばらく泣き続けた後、エマは立ち上がる。

「許さん……」

 声を震わせながら呟く。
 その顔は、まさに憤怒の形相であった。

「絶対に許さん――村の襲撃にかかわった奴らを皆と同じ目に遭わせてやる」

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