(???ってなんだよ! これって魅了できるの?)
飛王についての情報はよく分からないし、これでは魅了できるのか分からない。元々人間嫌いで、どこに地雷があるのか分からないのにこれは、目隠しで綱渡りをするようなものである。
(てか、さっきから飛王の様子がなんかおかしい。どうしたんだろう)
飛王はマナをじっくりと観察している。
何か気になる点があるようだ。
しばらくすると、飛王は目を閉じ、深呼吸をした。
そして、目を開けて呟く。
「やはり違う」
いつもの冷たい感情を持ち合わせていないような目に戻った。
飛王はマナに近付き。
「お前の血を貰う」
「ち、血? 何で?」
マナはこいつも変態(ハピー)の仲間かと思った。
「五歳の人間の王族の血が必要なのだ。事前に貴様を攫ったのはそのためだ」
(王族の血……人質という以外にも攫われた理由があったんだね)
飛王はナイフを懐から取り出した。
「指を出せ」
そう指示をされ、マナは大人しく従う。
出さなかったら、頬とか目立つところに傷をつけられそうだと思った。
指なら目立たないので問題ない。
人差し指を一本差し出す。
飛王はナイフのほかに、瓶も取り出す。血を入れるためのものだ。
マナの指を何の躊躇なく切る。
痛みにある程度慣れているマナは、切られても一切表情を動かさない。
指先から血が流れ、瓶の中に入れていった。
一定数溜まったら、飛王は瓶に蓋をし懐に収めた。
「これで貴様は用済みだ」
「え?」
――用済み。
その言葉の意味は、少し考えたら理解できた。
飛王は凍り付くような視線をマナに向けている。
「ま、待って、アタシは人質じゃないの?」
「貴様は血を得るために捕らえたにすぎん。終わったら用はない」
マナは青ざめた。
飛王が自分を捕らえた理由は、人質としてであると思っていマナは、ほかに理由があると思っておらず、ここで血を取ったら用済みになるということを全く想定していなかった。
幼女であるマナが、飛王から逃げることは不可能に近い。
今から助けを呼んでも、間に合わないだろう。
――こ、こんなところで死ぬわけにはいかないのに!
転生した理由はまだ思い出せていない。
それでも強い思いで転生という道を、前世の自分が選んでいたのは分かっていた。
ここで死ぬわけにはいかないと、マナは心の奥底から思った。
「人間は大嫌いだ。死ね」
不思議とその言葉を放つ飛王に、憎悪の感情をマナは読み取れなかった。
飛王はナイフをマナに向かって投げつける。
ただ、マナには当たらず、首の近くを通って後ろにある石壁に突き刺さった。
(今のは外れたんじゃない。外したんだ。アタシには分かる。こいつにアタシを殺す気はない)
前世では聖女と呼ばれていたマナだが、回復魔法で救った命より、攻撃魔法で奪った命の方が多い。それだけ殺し合いの経験が豊富である。
その事から、飛王に自分を殺す気が無いと、表情から読み取ることが出来た。
「人間は大嫌いじゃなかったの?」
「ふん、あいつに似ていたことを感謝するんだな」
「あいつって?」
「貴様に教える必要はない」
知っている人に、今の自分と似たような人がいたのかとマナは推測する。
(でも、今のアタシって幼女だよ? 知り合いも幼女なの? あいつって口ぶり的に友達っぽいけど……ロリ系の友達がいるのかなぁ?)
何にせよ、その『あいつ』のおかげで助かったので、飛王の言葉通り感謝することにした。
そのあと黙って飛王が部屋から出ようとする。
マナはこのまま返していいのか疑問に思う。
(幸運にも知り合いに似てたから殺されずに済んだし、ここちょっと話をしてみるべきじゃない? 魅了出来るかもしれないし……)
人質としているわけではないので、下手に長話をするのは危険である可能性もあるが、知り合いに似ているというのなら、魅了もしやすいかもしれない。
リスクはあるだろうが、マナは引き留めることにした。
「ま、待って!」
呼び止められて、飛王は足を止める。
「ちょっとお話しない?」
「正気か? 殺されかけたんだぞ?」
「あなたのこと気になるの。お名前は何ていうの?」
飛王飛王と、ジェードランたちは呼んでいたが、名前は誰一人口にしていないので、マナは知らなかった。
「エマ・サンハインだ」
「意外と可愛い名前だね」
マナは微笑みながらそう言った。
飛王エマは少し眉をひそめる。
意外と言われたことが不快に思ったのかと思い、マナは慌てる。つい思ったことが口に出てしまった。マナとしてはもっとおどろおどろしい名前をイメージしていたので、普通の女の子にいそうなエマという名前を意外に思ったのだ。
マナは話を逸らそうと、別の話題を考える。
ただ、何をここで話せば、飛王を怒らせず会話可能か分からないため、
「す、好きな食べ物は何ですか?」
ここで聞いてどうするんだという、当たり障りのない質問をした。
無視されるだろうとマナは思っていたが、意外にも質問に返答があった。
「オムレツだ」
返答が来たのも意外なら、オムレツだというのも意外だった。
これはマナは大チャンスだと思う。
(オムレツってのは意外だけど、これは大チャンス!! アタシは、料理そんなに得意じゃないけど、オムレツだけは得意なんだ。異常に美味しいと、色んな人に言われたことがある! 作って食べさせてあげれば、好感度があがるかもしれない!!)
前世ではオムレツだけは異常に上手く作れるので、オムレツ女王とか呼ばれていたとか何とか。
マナは早速魔王に、オムレツをごちそうすると提案する。
「アタシ、オムレツ作るの大得意なんだ! 作って上げるから食べて!」
「却下だ」
にべもなく断られた。
「ほ、本当においしいんだよ!」
「私はオムレツはもう食わん」
「……え? 好きなんでしょ?」
エマは少し遠い目をして、
「好きだからもう食わんのだ」
そう答えた。
(い、意味が分からん……!)
考えても言葉の意味が分からなかったが、オムレツを食わないというのには断固たる意志を感じたので、マナは粘らず諦めることにした。
「帰る」
「ま、待って」
引き留めようとするマナを、エマは睨む。
「あいつに似てるとはいえ、貴様は人間だ。人間とこれ以上同じ空気は吸いたくない」
「う……」
威圧するような口調にマナは怯む。
「二度と会う事はないだろうが、今度会ったら容赦なく殺す。それは忘れるな」
それだけ言い残して、エマは部屋を出て行った。
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