結論からいうと大賢者の心配は杞憂だった。
村のゴブリンたちは、赤ん坊を見て驚いていたが、母ゴブリンが説明すると、「マア、ニンゲンだからといって捨てるのは可哀想だしナー」と反対するものはいなかった。
最後、母ゴブリンは村長に判断を仰ぎにいった。
村長は、しわくちゃでかなり歳をとっているように見えるオスゴブリンだった。
「お主が責任を持って育てるなラ、何も問題はあるまいテ」といい、村長は反対はしなかった。
「一つ聞きたいんだガ、ニンゲンの育て方ってわかるカ?」
母ゴブリンは村長に尋ねた。
村長は、
「ニンゲンも我らと同じく、赤子には乳を飲ませて育てるらしいのジャ。ゴブリンので大丈夫かわからぬガ、それ以外、方法は思いつかヌ」
と答えた。
「乳カ。それなら私の乳を飲ませるとするカ」
と、母ゴブリンはいう。
(ぬぬぬ。ゴブリンの乳を飲むのか。いやまて、そういえば、弟子の一人がゴブリンの研究を熱心にしておって、あやつから渡されたゴブリンの研究結果の中に、ゴブリンの乳は人間が出すものとほぼ変わらないという記述を見た覚えがある。あやつの研究が正しければ飲んでも問題はなさそうではあるな)
二つ目の杞憂もこうして晴れる。
若干ゴブリンの乳を飲むことに抵抗はある。
しかし、贅沢をいっていられるような身ではない。感謝して飲む必要があるだろう。この村は劣悪な環境みたいなので、まだなにが起こるかわからないが、これでしばらくは生きていけそうだと、大賢者はほっと一安心した。
「それよりもジャ。アレサよ、その子に名前は付けたのかノ?」
「名前……カ。まだつけていないナ」
「なら最初につけてやるのジャ」
「そうだナ……何にするカ……」
母ゴブリンの名はアレサというらしい。彼女は名前を考え始める。
前世では当然大賢者にも名前はあった。親がつけた立派な名前だ。
ただ、生まれ変わって二度目の人生を送るなら、前世の名は捨て新しい名で生きようと思っていた。
「ハイハーイ! アタシ考えたヨー!」
子ゴブリンが手をあげていった。
「なんジャ?」
「小さいかラ! まめちゃン! 可愛い名前でショ!」
何だその名前は! と大賢者は珍しく動揺する。
「デラロサ……今は小さいがニンゲンは成長すると我らより遥かに大きくなル。それ以前にその名は適当すぎてだめジャ」
「エー!」
没になったようでほっと一安心する。ちなみに子ゴブリンの名前はデラロサというらしい。
「思いついたゾ。『ベラムス』でどうダ」
「ほう。たいそうな名前をつけるのウ。なぜその名なのジャ」
(ベラムス……ゴブリンの言葉で、偉大な、優れたなどの意味をもつ言葉だ。確かにたいそうな名だが何故その名を?)
「この子は森で一人でいたときモ、ゴブリンである私に抱きかかえられている今でモ、一切泣かなイ。きっと大物になるに違いなイ。我らゴブリンヤ、ニンゲンたちにとっテ、なにか大きなことをやってのける存在になるかもナ」
「なるほド、そういわれれバ、泣かないうえに涼しい顔をしておるのウ。たしかに大物ジャ。なにをなすかは知らぬガ、それが我らゴブリンのためになることならいいのウ」
「そうだナ」
「では、ニンゲンの赤ん坊ベラムスを我らが村の新しい住人とすル。アレサ、責任をもって育てるのだゾ」
「わかっタ」
こうして、ベラムスと名づけられた大賢者は、ゴブリンの村で育てられることになった。