3話 ゴブリンに拾われる
(これは……ゴブリン語か)
大賢者は声を聞いてそう判断した。
ゴブリン語とは、その名の通り、ゴブリンが使っている言語である。
ふつうの人間は理解できないが、大賢者は理解できた。
彼が大賢者と呼ばれている理由は、多種多様な魔法操るという理由だけではない。知識の豊富さも理由のひとつだ。
その知識の中には言語も含まれる。
大賢者は、この世に存在するほとんどの言語を、操ることができた。
「……ニンゲンの赤子だナ」
「えーニンゲンがなんでここにいるノー!?」
「捨てられたカ、または、なにか事情があるのカ」
二体のゴブリンが大賢者を発見したようだ。
ゴブリンの一体は大人で、もう一体は子供のようだ。性別は恐らくどちらもメス。
大賢者は自分を見つけた魔物がゴブリンであるということに、希望を見出していた。
先ほどまでは魔物に見つかったら終わりだと思っていたが、そうだ、ゴブリンの存在を考慮に入れていなかったと、自身の思考に穴があったことに気づいた。
ゴブリンは人型の魔物だ。小さく成体でも人間の子供くらいの大きさにしかならない。
角が一本額から生えており、肌は赤っぽいいろをしている。
ゴブリンの性質は個体によってさまざまだ。
温厚なものもいれば、残虐なものもいる。人間と一緒である。
ただ、人が住む世界に入り込み、人間に認知されるのは、ほぼすべて残虐なゴブリンだ。
そのため長いあいだ、ゴブリンは残虐非道で害悪な魔物だと思われていた。
(温厚なゴブリンもいると判明したのは、前世の私が三十くらいの頃だったか。それが判明しても、ゴブリンは嫌われていたが、今の時代はどうなのだろうか?)
もしかしたら、人間とも友好的な関係になっている可能性もある。
そうなると、助けてくれる可能性も高い。
「ニンゲンって怖いやつらだよネー。見つかったらすぐ殺されちゃうッテ、ともだちがいってたヨー」
「まあ、そうだナ」
大賢者はその言葉を聞いて驚く。
(人間に危害を加えないゴブリンもいるためむやみやたらに殺してはならないという法が、ほかならぬ私の助言によって作られたはずだ。その法はなくなってしまったのか? 温厚なゴブリンもいるという事実が、いつのまにか忘れ去られでもしたのか?)
魔法天性が外れ扱いされてたり、ゴブリンの扱いがおかしかったり、この時代はいったいどうなっているのだ、と大賢者は原因を考えてみるが、答えは出ない。
「それデ、このニンゲンどうするノー? このままだと死んじゃうよネー」
このゴブリンたちが悪さをするようには見えないが、ふつう見捨てられるだろう、と大賢者は予測していた。
こんなことになるなら、もうちょっとゴブリンは悪いやつらだけではない、ということを広めておけばよかったと後悔したが、
「助けル」
と、母ゴブリンが予想外の言葉を口にした。
「たすけるノー? なんデ?」子ゴブリンが当然の疑問を口にした。
「ニンゲンも悪い奴らだけではなイ、と村長がいっていタ。こんな生まれたての子を見捨てておいたラ、確実に死ぬだろウ。それはさすがに可哀想ダ」
「そうなんダー。でも確かに結構可愛いよネー」
そういいながら、母ゴブリンは大賢者を抱える。
「村に帰るカ」
「ウン!」
そういって、二人はゴブリンたちの村に帰っていく。
助けてくれるのか? 私の運もまだ尽きていなかったようだな、と大賢者は思ったが、
「助けるといったガ、村のものは反対するかもしれんシ、そもそもゴブリンにニンゲンの子育てが出来るかわからんがナ」
母ゴブリンがそんな不穏なことを言ったので、やっぱりまだ落とし穴がある気がすると、不安な気持ちが胸をよぎるのであった。