1話 転生
その赤ん坊は産声をあげなかった。
赤ん坊を取り上げた産婆と、産んだ母親は顔を青ざめさせる。
しかし、赤ん坊の様子を見てみると、血色は良く、呼吸もしていた。
「こんなことものあるんですね」と産婆は驚きながら呟き、母親はホッとした表情をし「大丈夫そうなら抱かせてちょうだい」と頼んだ。
産婆は頷いて、赤ん坊を母親に渡す。母親は愛おしそうに我が子を抱き顔を見つめた。
赤ん坊はブスッとした無表情で母親を見つめながら、
(成功したようだな)
とほっとしたように心の中で呟いた。
転生の魔法を使った大賢者は、記憶を引き継いだままこの赤ん坊へと転生していた。
自分の作った魔法に間違いはないと思っていたが、万が一失敗する可能性もあったので、安心していたのだ。
大賢者は辺りを見回す。
部屋、産婆、母親と特に変わったようすはない。
生まれる先を選ぶことはできない。
まともそうなところに生まれて、まずは一安心する。
「名前は何にしましょうか。あれ? そういえば男の子? 女の子?」
「あ、申し訳ありません。ちょっと驚いていたので伝え損ねておりました。男の子です」
前世でも男だったから戸惑わずに済むのはいい、と大賢者は好意的にとらえた。
すると、部屋の外からドタバタとだれかが走ってくるような音が聞こえてきた。
そしてドアが勢いよく開き、
「生まれたか!」
と大声で叫びながら男性が部屋に入ってきた。
父親だろう。ヒゲを生やしており、いかつい顔をしている。
高そうなコートを着ているため、身分の高い人物なのかもしれない。
「ええ、元気な男の子ですよ」
「男か……」
「さっそく名前をつけましょう」
母親がそう提案したが、
「待て、その前に天性をはかる」
父親がそういった。
(天性をはかる?)
天性が何かは知っていた。
人間にはだれにでもひとつだけ、生まれつきにもっている才能がある。
それが天性だ。
生まれた瞬間からはかることも確かにできるが、名前もつけるまえに、はかるものだろうか? 彼はそう疑問に思った。
「あの、産むまえにいっていたこと……あれを今取り消すことはできないでしょうか?」
「無理だ。決定事項だ」
なんの話をしているんだ? と思っていたら、
「でも……外れ天性の場合この子を近くのフラーゼス大森林に捨てるなんて、あんまりですよ」
その衝撃的な一言を母親が口にした。
捨てる? 外れ天性だったら?
フラーゼス大森林は、魔物の巣窟になっている場所だったはずだ。そんなところに捨てられたら確実に死んでしまうだろう。
赤ん坊の状態では魔力がないため魔法は使えない。体も動かせない。声も聞けない。
先ほどまともだと思っていたが、大賢者は明らかに間違いだったと考えを改めた。
天性が悪いから捨てるなど、親のやることか?
確かに天性以外の道を極めようとしたら、だいぶ苦労することになる。
なかなか役立てることのできない天性もあるため、外れ天性というのも確かに存在する。それでも正しく努力をすれば、何にだってなれるものだ。
天性が外れだからといって、生まれたての子供の未来を絶望視するなど、親失格ではないか。
大賢者はそう文句をいいたかったが、赤ん坊の状態ではうーとかあーとかしかいえない。
かなり歯がゆい思いをしていた。
「仕方あるまい。当家には長男となったものが、絶対に家を継ぐという仕来りがある。外れ天性のものに継がせるわけにはいかない。外れだった場合、死産だったということにして、フラーゼス大森林に捨てに行くしかない」
どうやら大賢者が生まれてきた家は、それなりの名家だったようだ。
庶民の家より名家に生まれた方が、ややこしい目にあいそうだとは死ぬ前から考えていた。彼の予感は当たっていたようだ。
「しかし、フラーゼス大森林に捨てるのは……せめて町に捨てるとか……死んでしまいますよ」
「近くの町に捨てて生かしておいたら、ややこしいことになる可能性がある。本当は外れの場合、この場で命を絶つべきだが……それは流石にできんのでな。大森林に捨てるしかないのだ」
「そんな……大森林に捨てるのもここで殺すのと同じではないですか」
「感情の問題だ。とにかく天性を調べる。なに、あたりなら何も問題はないのだ」
赤ん坊の状態で捨てられてはどうしようもない。
なにがあたり天性だったかと、大賢者は思い出し始めた。
(あたりというと魔法天性、軍師天性、錬金術天性あたりか)
大賢者の生きていた時代、あたり扱いされていた天性はこの三つだった。この時代でもそうとは限らないが。
ただ少なくとも魔法はあたりだろうと予想していた。
魔法は戦い、生活にとありとあらゆることに用いられる、超便利な技法だ。
まさかそれが使われなくなっているはずはないだろう。
天性をはかる方法は、血液を採取して、それを《判定石》と呼ばれている特殊な石に垂らす。
判定石は通常白色だが、血を垂らすと変色する。
その色で何の天性があるか判断できるのだ。
ちなみに判定石は高価だ。庶民には手が届かないぐらい高価である。
父親はナイフを手にとり、大賢者の指先を切った。痛みが走る。
「泣かないのか?」と驚いた反応を父親は見せた。
深く気にすることはなく、父親は指先から出ている血を懐から取り出した判定石に垂らした。
すると、判定石は青色に変色する。
(魔法天性だ。あたりだ)
とほっとしたのも束の間、
「魔法天性……大外れだな……」
残念そうに父親が呟いた。