第1話 異世界転移
2053年、科学技術は進歩を続け、五感で感じながらゲームをプレイ出来る技術、フルダイブ式VRゲームがついに開発された。
2058年、世界初の家庭用VRゲーム機が発売。社会現象を巻き起こすほど大ヒットする。
そして、2063年、とあるVRゲームが発売される。
タイトルは『マジック&ソード』
ゲームの舞台は、魔法があり複数の種族が暮らすファンタジー世界。
作り込まれたゲーム性、シビアな世界感、自由度の高さなどさまざまな売りがあるゲームだ。
ただ、あまりメジャーなゲームではない。知る人ぞ知るゲームだ。ハマらない人にとってはクソゲーだが、ハマる人は人生を駄目にするくらいハマる、と言われているゲームである。
とにかくマジック&ソードというゲームは、やり込み要素が半端ないのだ。
まず最初のキャラメイクの時に選べる種族が35種類と豊富にある。
さらに、盗賊、商人、国家運営、海賊、冒険者、技術者、科学者、NPCの王に仕官する、などなど多種多用なプレイスタイルでプレイできる。
さらにマップがびっくりするほど広い、恐らくありとあらゆるVRゲームの中で、1番マップが広いだろう。それでいて、何の要素もない無駄な場所が少ない。
アイテムも豊富。NPCも大量にいるうえに、多くのNPCを仲間や部下にすることができる。ダンジョンや遺跡などの、探検できる場所が何百箇所と配置されている。など、とにかく要素が多かった。
ただ、広すぎるということは、マイナス評価にも繋がる。移動が面倒だとか、広くしすぎてグラフィックが犠牲になっているとか、いろいろ不満も出る。
それとこのゲーム、難易度がかなり高い。序盤はすぐ死ぬ。慣れるまでは死にゲーになる。慣れる前に多くの人は脱落する。だが、難易度の高さは、人によっては熱中度を上げる。ハマる人はハマると言われている要因は、難易度の高さにもあった。
マジック&ソードには、人それぞれ千差万別のプレイスタイルがある。
縛りをかけてプレイをする者も、中にはいた。
そして、彼(・)はこのゲームをやりこみにやりこみ、かなりの難易度の縛りをかけて、マジック&ソードをプレイしていた。
○
マジック&ソードのゲーム内にある、王の間。
煌びやか装飾に彩られた部屋の奥に設置された玉座に、王が腰を掛けていた。
「ようやくここまで来たか」
王は一安心したように声を漏らす。その王は小さかった。心が、とかそんな話じゃない。単純に背が小さかった。見た目は王冠を被った小さな少年である。どう見ても子供に見えるが、子供ではない。小人族という種族の立派な大人である。
小人族の王の名はペペロン。マジック&ソードのプレイヤーである。
名前を決めるとき、そういえば昨日の夜ペペロンチーノ食べたな、と思い出したからこの名前をつけた。
ペペロンの前には、大量の部下たちがずらりと並んでいる。全員がペペロンに忠誠を誓うように跪いていた。マジック&ソードでは、部下を集めて拠点を発達させていくことで、自分の国を作り運営する事が出来る。
ぺペロンは『グロリアセプテム』という名の国を作り、その国の王となった。
ちなみにオフラインのゲームなので全部NPCだ。人間が操作しているキャラはぺペロンだけである。
(今回の縛りプレイは無理かと思っていたけど……案外何とかなるもんだなぁ)
彼はしみじみと思った。
マジック&ソードをやりこみにやりこんだペペロンは普通のプレイでは満足できなくなり、現在とある縛りをしながらマジック&ソードをプレイしていた。
そのとある縛りとは、ズバリ種族縛りである。
このゲームには35の種族がいるが、全部が全部同じ強さというわけではない。明らかに優遇されている種族と不遇な種族がある。その中で特に不遇な種族が7種あり、自分のキャラを7種のうちどれかにした上で、さらに7種以外の種族を部下にすることは出来ないという縛りをかけ、ペペロンはゲームをプレイしていた。
そしてペペロンが自キャラに選んだ小人族は、まさに最弱の種族だった。
どんな種族にも長所があるが、小人族にはない。ありとあらゆる能力が低い。特別なスキルも覚えない。何を思って製作者はこの種族を作ったのかと、小一時間、問い詰めたくなるくらいだ。
ちなみに他の弱い種族は、この6種だ。
1ゴブリン
有名な雑魚種族。マジック&ソードでも普通に弱い。素早さは高いが、ほかのステータスがどれも微妙。覚えるスキルも微妙。ただ、不遇7種族の中では、まだ使える方の種族である。
2巨人
デカくて強そうだが、ドを超えてノロイ。攻撃力はトップクラスだが、ノロすぎて駄目。
3コボルド
二足歩行している犬。獣化という特殊なスキルがあるため全体のステータスが下げられているが、その獣化がぶっちゃけ使えない。
4エルフ
有名な種族で強そうだが弱い。弓が得意なのだが、その弓があまり強くない。ほかのステータスも微妙。最弱7種族の中では1番マシな種族ではある。
5賢魔族
知力が飛び抜けて高く、魔法がかなり強い代わりに、ほかのステータスがあまりにも弱く設定されている。見た目は小悪魔のような尻尾が生えており可愛いので、マスコット代わりに仲間にするプレイヤーは結構いる。ただ、自キャラとして選ばれることは滅多にない。
6ハーピィー
羽が生えており飛べそうで強いのだが、飛べない。多くのプレイヤーをガッカリさせた。ステータスも全体的に低めだし、こいつはプレイヤーをがっかりさせるために作られた種族なんだと、プレイヤー達に思われかなり嫌われている。
これに小人族を加えて、不遇7種族だ。この7種族以外の種族を部下にする事を禁じて、ペペロンはプレイしていた。
だいぶやり込んだペペロンとは言え、この縛りはかなりきつかった。戦争なんて最初はまともに勝てず何度ゲームオーバーになったことか。
それでも、育てて育てて育てまくれば、種族として弱くてもいずれ強くはなる。
何でゲームで俺こんなに苦労してるんだろう? と疑問に思うくらいやり込んで、ようやくその努力が実り始めて来た頃だった。
目標は世界征服。マジック&ソードの世界には20の国がある。それをすべて征服すれば目標達成だ。
ちなみに現在ペペロンが運営している国、グロリアセプテムは、全世界の約25パーセントを手中に収めている。
まだまだ残りは多いが、ここまで行けばあとは何とかなるだろうと、ペペロンは思っていた。
ちなみにグロリアセプテムという国名は、7種族の栄光、みたいな意味合いで付けた。
英語では何か単純すぎるな、とわざわざラテン語を調べて付けた。
「ペペロン様、次はどうなさいますか? 行動の方針を教えてください」
近くに跪いているエルフの女が言ってきた。
名前はララ。美しいエルフの女で、ペペロンが特に育成に力を使ったキャラの1人だ。
NPCからこうやって、たびたび命令を求めてくることもある。無機質な声で感情は入っていない。
このゲームはグラフィックも微妙で、AIも本物の人間にはあまり近くない。そのため本物の人間を相手にしている感覚には、絶対にならない。VRゲームとして結構な欠点ではある。ぺペロンは、リアリティのある人間とゲーム内で触れ合いたいとはあまり思っていないので、気にしていなかった。
「今日はご苦労だった。私は休むことにするから、お主たちも休むといい」
ペペロンは王様らしい口調で言った。
リアルでは普通の大学生であるペペロン。当然、普段こんな喋り方はしていない。王様なので、なんとなく王様っぽく振る舞いたくなって、こんな口調になっている。
最初は若干の気恥ずかしさを感じたものの、慣れると意外と楽しい。本当の王様気分を味わう事ができた。
ちなみに休むというのは、一旦ゲームをやめるという意味だ。
区切りの良いところまでプレイしたし、だいぶ疲れてきたので、ここらで一旦ゲームをやめようとペペロンは思ったのだ。
ゲームを終了するには、スタート画面を開き、終了のボタンを押せばいい。セーブはこの玉座に座った時点で、自動的にされるので行う必要はなかった。
終了し、しばらく視界が真っ黒に染まる。
10秒ほどこの状態になり、徐々に現実の視界が戻ってくるようになっている。
しかし、
(あれ? やけに長いな)
30秒くらいたっても視界は真っ暗なままだ。
何だ? 事故でも起きたのか? ペペロンは不安になる。滅多に起きないが家庭用VRゲームでログアウトできなくなる状態になることがあった。大概はVR技師の人に頼めば、何とかなるのだが、極々稀に深刻な事態に繋がるケースもある。ペペロンはものすごく不安になる。
しかし、不安は杞憂だったのか、1分ほど経過して視界が戻ってくる。
よかった、とぺペロンはほっと一安心する。
だが、安心出来たのは束の間だった。彼は仰向けで寝ていたのだが、天井を見て異変に気付く。木の天井。明らかに自分の家の天井ではない。
ペペロンは混乱して、目だけで周囲を見回そうとする。その時、
「お目覚めになられましたかペペロン様!」
心配するような女性の声が聞こえる。ペペロンは声が聞こえた方を見た。現実と区別が付かないほどリアルな外見のエルフであるララが、心配そうな表情でこちらを見ている姿がペペロンの目に映った。
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