だいぶ歩いたら、今度は喉が渇いてきた。
この谷で、水なんてものは一度も見たことがない。
さすがに水がないのはまずいよな。
きのこにもある程度水分はあるだろうが、それだけで生きていけるとは思えないし。
雨が降ってくるのを待つしかないか。
とりあえず現在の喉の渇きは我慢することに決める。
そして、しばらく歩いていると、谷の壁に洞窟があるのを発見した。
洞窟内は薄暗いのだが、ポツポツと光が見える。
人がいるのか? と一瞬思ったが、あれはどうやらきのこだな。
光りを放つきのこが、生えているみたいだ。
人がいると思ったため、少しがっかりするが、光があるため洞窟の先へは進めるな。
長い洞窟ならば、もしかしたら谷を出れるかもしれない。
しかし、徒労に終わる可能性も高いし、洞窟内では隕石(メテオ)が使えないかもしれないので、俺の強さも少し落ちる。
悩んでいると、洞窟の中から何やら音が聞こえてくることに、俺は気付く。
これは、水が流れる音?
かすかにだが確かに聞こえる。
この洞窟を進めば、地下水が見つかるかもしれない。
よし、決めた。行ってみよう。
……ただまあ、やばそうな奴がいたら、すぐ引き返そう。
そう決めて俺は洞窟の中に入って行った。
○
しばらく洞窟の中を歩いた。
道中、何も見つからなかったが、水の音は大きくなってきている。
やはり、この洞窟のどこかに水がある可能性が高い。
俺はどんどん先に進んでいく。
すると、
「ん?」
俺は思わず声をだす。
何かが倒れている。
これは……猫だ。
黒い猫がぐったりと倒れている。
死んでいるのか?
いや、一応息はあるみたいだ。
見た感じ怪我はしていないみたいだが……どこか悪いのだろうか?
どうするか。
猫派の俺としては助けたいという気持ちは強い。だが、自分一人の面倒も見きれるかわからない状態で、助けるのも……でもなぁ……
俺が悩んでいると、その猫が目を開けて、フラフラしながら立ち上がる。
立てるのか? いや、でもやっと立ってるって感じだけど。
すると、その猫が絞り出すように「にゃー……! にゃー……!」と、俺の右斜め後ろに向かって鳴き始めた。
かなり必死に鳴くので、なんだ? と俺は疑問に思い、右斜め後ろを確認する。
何もいない、と最初は思ったが、よく見ると地面に何かいる。
蜘蛛だ。
青色の蜘蛛だ。普通の蜘蛛よりは大きい。が、あくまで蜘蛛の範疇に入る程度の大きさだ。
こいつに向かって、猫が必死に鳴いている。
何かやばい蜘蛛なのか?
鑑定してみるか。
『アブソーブスパイダー♂ 1歳 30/35
特殊な糸を出す蜘蛛の魔物』
特殊な糸って何だよ。それじゃあ何もわかんねーよ。
微妙に使えねーな、と思っている俺の隙をついて、蜘蛛が糸を俺に向かって飛ばしてくる。
避けきれず当たる。
やばい、特殊な糸とやらを喰らってしまった。どうなるんだ?
最初は何も起きなかったが、何だか徐々に力が抜けてくるような気がするような。
もしかして、敵のHPを吸い取る系の技か?
だったらやばい! さっさと引っぺがさないと!
俺は糸を取ろうとするが取れない。
切ろうとしても切れない。この糸なにで出来てるんだ!
くそ、こうなったら本体を潰すしかない。
俺は蜘蛛を潰そうとするが、ものすごく素早く逃げる。
やべーあいつ俺より速いぞ。
この蜘蛛はこうやって、糸を敵に付けて、相手が死ぬまでこの速さで逃げ続ける魔物なのか。
めちゃくちゃたちの悪い奴じゃねーか。
ここは先ほど獲得した、【電撃】を使おう。
どんなに速くても電撃は避けられまい。
「電撃!」
電撃が俺の手から迸り、アブソーブスパイダーに命中。
僅かに動きが止まる。
俺は全速力で走る。
奴が動き出す前に、倒さなくては!
先ほどサンダーボアを倒して、速さがだいぶ上がったからか、かなり速く動けた。
アブソーブスパイダーが痺れが取れて動き出そうとするが、俺が奴のいる場所に到達するほうが僅かに早かった。
俺はアブソーブスパイダーを思いっきり踏み潰した。
速度以外のステータスは弱かったみたいで、あっさりと殺せた。
ふぅー。少し焦ったけど、倒せてよかった。
よし、吸収しよう。
踏み潰されたクモの死体を触るのには、若干抵抗があるが、我慢して触る。
HP1上昇、MP5上昇、攻撃力1上昇、防御力1上昇、速度20上昇、スキルポイント3獲得。
スキル【吸い取り糸Lv1】を獲得。
あのスキル獲得できるのか。結構使えそうだな。
あと、また速度が急上昇した。
最初は防御系だったけど、なんか徐々にスピードタイプになっていくな。
えーと、そうだ。あの猫。
俺は猫がいたほうを見ると、再びぐったりと倒れていた。
まだ、息はあるみたいだ。
この猫はあのクモにやられたのだろうか?
ぐったりしている感じからすると、たぶんそうだろう。
この猫が知らせてくれたから、あのクモに早く気付けたし、ここで見捨てることは出来ないな。
助けよう。
そう決めた俺は、猫を抱えて水を探しにいった。
しばらく進むと、奥深くに水を発見した。
それなりの量の水が、音を立てながら流れている。
これ水に入っていけば外に出れるのかな? うーん、さすがに溺死するか。
結構綺麗な水だ。俺は手ですくって飲む。冷たくておいしい。
つーか、よく考えたら水筒みたいな入れる物がないじゃないか。
考えなしだったな。
周りにあるもので作るのは……難しいか。
一応水源があると言うことを確認出来ただけ、よしとするか。
それと、さっき拾った猫だ。
助けるつもりで拾ったけど、助けられるかな?
ずっとグッタリしてるんだけど。
あの蜘蛛にやられたなら、休めば回復するような気が、しないでもないけど。
とりあえず水を飲ましてみるか。
俺は水を手で掬い取って、猫の口のあたりに持っていく。
猫は弱々しいが、ペロ、ペロと水を舐め始めた。
喉が乾いているのか、結構飲み続け、全部飲む。
再び水を持ってくると、それも飲み干した。
水や食料を与えれば、復活するかも知れない。
しかし、食い物なんてないしな。
きのこはあれ、毒耐性がないと食えないし。
ちょっと休ませて様子をみるか。
地面は硬いし、俺は自分の膝に乗せて猫を休ませる。
猫の温かさが、膝に伝わってくる。
……なんかこうしてると、猫好きの俺としては撫でざるを得ないわけで。
頭やら胴体を優しく撫でる。
すると、気持ち良さそうに「にゃ〜」と鳴く。
お? 少し容態が良くなったか?
俺の手には生き物を癒すハンドパワーでもあるのか。
……まあ、水飲ませたからだろうけど。
しばらく、そうして撫で続けている。
いきなり膝が重くなる。
さらに撫でていた感触が変わる。
人間の髪を触っているみたいだ。
俺は違和感を覚え、下を見てみると、
「は?」
俺は惚けたような声出す。
俺が撫でていたのは猫ではなかった。
女の子だった。
猫耳の生えた黒髪の女の子を気づいたら撫でていた。
その女の子は俺に撫でられながら、「うにゃ〜」と気持ち良さそうな声を上げている。
さっきまでの猫の声と違い、完全に人間の女の子のような声だ。
…………幻覚&幻聴だな。
猫好きの俺は、この手の妄想をよくする。
助けた猫が美少女になって、イチャイチャするとか、そんなアホみたいな妄想だ。
その幻覚を見ているのだろう。俺はどうやら疲れているみたいだ。
だって猫がいきなり人間になるなんて、ありえな……
いや、ありえなくない! ここは異世界!
猫から人間になるようなのがいてもおかしくない!
そういえば俺は鑑定をかけていなかった。
いや、どう見ても普通の猫だったから、鑑定しようという発想が湧かなかったんだよ。
鑑定してみよう。
『ケットシー。個体名:レーニャ15歳 Lv.25/55
猫の獣人ケットシー。弱るとただの猫になる』
ケットシーか。
この子は、猫の獣人なのか。
つまり水を飲んで少し休んで、体力が回復し、人間体に戻ったということか。
名前はレーニャって言うのか。
俺は両肩を抱いて、この子を起こす。
顔は幼いが美しく整っている。
あと服は着ているようだ。
普通全裸になりそうなものだが、そうではないらしい。
「ちょっと君ー、ちょっとー」
「うにゃ〜……もっと撫でるにゃ〜」
目を細めながらそんなことを言っている。
若干寝そうになっているのか? とりあえず俺は揺らしてみる。
「うにゃ〜うにゃ〜……うにゃ?」
パチリと目を開けた。
大きくて綺麗な琥珀色の猫目だ。
「あれー? ……にゃ! 元に戻ってるにゃ!」
レーニャというケットシーの女の子は、自分の手足を見て、元の姿に戻ったことを確認する。
「やったー戻ったにゃー! お兄さんのお陰で助かったのにゃ! ありがとうなのにゃ!」
俺の両手を掴んできてそう言った。
「あ、いや、ど、どういたしましてというか、当然のことをしたまでというか」
童貞の俺。女の子に手を握られて思いっきり動揺する。
相手は15歳、10歳も歳下だが、顔が美少女な上に、スタイルも結構いい。
めちゃくちゃドキドキしてしまう俺。なんか情けない。
「アタシはレーニャというニャ! お兄さんは何というにゃ?」
「高橋……哲也。名前が哲也で姓が高橋ね」
「テツヤというのにゃ! さっきの蜘蛛を倒した時の動きものすごく速かったにゃー! テツヤは強いのにゃ!」
褒められて悪い気はしないので、少し照れる。
「うにゃ〜お礼をしたいけど、何も持ってないにゃー……」
ショボーンと落ち込んでいる。
「いやいや、お礼なんていらないから」
と俺はフォローする。
「でもにゃ〜。あ、そうだ! 付いてくるにゃ!」
何か思いついたのか、レーシャは歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「アタシの家にゃ! 一回洞窟を出るにゃ!」
家があるのか。
レーニャは洞窟を出るため歩き出したので、俺は付いて行った。
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