翌日。
午前中は図書館に行き、調べたが情報は見つからなかった。
昼になり、少し高めのレストランで、飯を食べようとしていた。
「ようやくこの時が来たか……」
メクが万感を込めて呟く。
実はメク、ここに至るまで食事をとるということをしていない。
ファラシオンではゴタゴタで食べることを忘れ。
国を出た時の道中では「ここまで待たされたのなら、どうせなら最初はとびっきり美味しいものを食べたい」と言い、美味しいものが多いヴァーフォルまで我慢することにしていたのだ。
「昨日の麺は得体が知れなかったから、食べるのをやめたが、今回のは肉料理じゃ。それも美味い牛の肉じゃ。最初の食べ物としては、申し分ないじゃろう」
「その分、高いんだけどな値段が。出費はなるべく抑えていきたいところだけど」
「何を言っておる。わしは普段飯を食べんから、食費が一切かからんのだぞ。これからも毎日は食えんじゃろうし、せめて食うときだけは、高めの物を食べても良いじゃろう」
「それはそうだが……」
食べるのがメクだけならいいんだが、一緒に来たので当然俺とレーニャも食べる。
なるべく安いものを俺は頼んだが、レーニャは全く遠慮せずに一番高い料理を頼んでいた。
まあ、今日くらいは気にしなくていいか。
料理が運ばれて来る。
レーニャは大きなステーキ、俺もステーキだが小さめだ。
メクは、煮込んだ牛肉がいっぱい入っているビーフシチューを頼んだ。
何でも、シチューが一番の好物だったらしい。
「さあ、わしを元の姿に戻してくれ」
「分かった」
レストランの中で人も結構いるけど、この世界は魔法だとかスキルだとか、不思議なことが多いので、ちょっと変なことが起きても、いちいち気にしない人が多い。
俺は気にせず【解放】を使用する。
スキルポイントが結構たまっていたので、解放を一レベル上げたから、持続時間が伸びているはずだ。
上げた後はまだ一回も使ったことないから、どれだけ伸びたかは分かっていないけど。
「よし、戻った!」
メクが元の姿に戻る。
何度見てもその姿は美しく、一緒にいると緊張してしまう。
と思っていたのだが、メクは物凄く雑な食べ方でかき込むようにシチューを食べ始める。
まるで腹をすかした、体育会系中学生男子のような食べっぷりで、全く品がない。
「うまいうまいぞ! これが食べるということじゃった! 懐かしいのう!」
「もうちょっとゆっくり食べれないのか……?」
「馬鹿者、数分しか変身できぬのに時間をかけてられるか!」
「いや、でも元女王だから品というものも大事では……」
「女王をやっておった時も、忙しくて時間がないから、一人で食うときは常にこんな感じじゃったぞ」
幻想を崩すような情報をメクは口にする。
普段のメクを見ていると、幻想なんてもはやないけどな。
でも、元の姿のメクのこういう姿を見ると、親近感が湧いて来るっているか、若干緊張も解けてきた。
何となく、これからは普通に接することが出来るような気がする。
「師匠の食べっぷりすごいにゃ! 負けないにゃ!」
となぜかレーニャも対抗して早食いをし始めた。
何の勝負をしているんだこの子は。
俺は普通に食べる。
メクは全部食べ終えたあと、すぐに解放が解けた。
一応早食いをした甲斐があったみたいだな。
一番最後に俺が食べ終えた。
「さて、昼も調べ物をするかの」
「今日聖女リコって人が帰還するって話だけど、あれは午後になるみたいだ。見てみたいんだけど」
「気になるのか?」
「ああ、もしかしたら、俺と一緒にこの世界に来た子かもしれない。全然違う可能性もあるけど、一応確認して起きたい」
「同郷のものか。それは気になるじゃろうな」
「テツヤの知り合いにゃ? アタシも見てみたいにゃ!」
知り合いではないんだけどな。
聖女リコについてあれから、軽く調べてみた。
少し前にこの町に現れて、貧しい人たちを救っていったから聖女と呼ばれているらしい。
孤児院を作っており、そこに大勢の孤児の世話をしているとか。
短期間だが凄い活躍で、この町の人間なら知らぬ者はいないというほどの存在らしい。
近くの村に強力な魔物が出たので、救助の要請が来て、それを退治し今日帰って来る。
話を聞く限りでは、正に聖人という感じだ。
あの子も俺を助けようとしたので、優しい子ではあったと思う。聖人というほどだったかは知らない。
「町の北にある門から戻って来るって話だから、そこに行ってみよう」
二人は頷き、俺たちはレストランを出て、北門に向かった。
〇
北門にたどり着くと、大勢の人々が通りの脇にたむろしていた。
道に人々が出ないよう、ロープが張ってある。その他、兵士たちが険しい目で住民たちを監視していた。
「凄い人気じゃな」
「人がいっぱいだにゃ~」
「本当にテツヤの知り合いで間違いないのかの?」
「うーん、どうだろう。やっぱ違うかもな」
俺とあの時の女子高生の少女『リコ・サトミ』は、同時期に異世界に転移している。
この世界に来てから、何日経ったのか正確には覚えていないけど、たぶん50日くらいだと思う。
その短期間で、ここまでの人気者になれるものだろうか?
よっぽど大きなことをしたら可能かもしれないがな。
まあ、どの道、見れば分かる事か。
一緒にいた時間は非常に少ないが、それでも彼女の顔は鮮明に覚えていた。
人は多いが、うまく前の方に行けたので、見ることは可能である。
「お、来られたぞ!」
「おお聖女様だ!」
門の入り口近く辺りが騒々しくなる。
どうやら聖女リコが来たようだ。
この位置からでは見ることは不可能なため、近くを通るのを待つ。
聖女が目の前を通ると、住民が熱烈な歓声を上げるため、今どのあたりを聖女が通っているのかが分かる。
歓声がだいぶ近づいてきたので、もうすぐ目の前まで来るだろう。
絶対に見逃すまいと、目を見開いて通りをじっと見る。
来た!
微笑みながら人々に手を振っている、複数の護衛兵に囲まれた女性。あれが聖女リコだろうが……。
間違いない。あの時の女子高生だ。
顔つきは少し変わったし、身に着けている服も制服から白いローブに変わっているが、間違いなくあの時俺と一緒に異世界に転移してきた子だった。
前の方にいたのだが、この人の多さでは俺に気付かない。
声を出してアピールしようかと少し考えたが、流石にそれは空気の読めない行動のような気がしたのでやめた。
「どうじゃった?」
「間違いなく、俺と同郷の子だった」
「本当かにゃ!」
リコが通り過ぎてから、周囲の人が徐々に減って静かになっていく。
「それで本物じゃと分かってどうするのじゃ?」
「話さなければならないことがある」
あの様子では、たぶんまだ深淵王に取り込まれているということはないだろう。ならばあの時、奴から得た情報は一刻も早く全て彼女に話さないといけない。
刻印の解き方を調べるより先に、優先すべき事柄である。
「しかし会えるのかの。物凄い人気じゃったからな」
「そうだ……な……」
会いたいという人は、非常に多いだろう。
周りにも護衛の兵士がいたし、厳重に彼女は守られている可能性が高い。
近づくことすら困難かもしれん。
「とにかく会えるかどうか聞いてみた方がいいな」
この道で、紐を張っている兵士は、聖女の部下か何かだろうから、その辺詳しいだろうから、聞いてみよう。
「聞きたいことがあるんだが」
通り過ぎた後も、見張りの任務を続けている兵士に質問をしてみた。
「何だ」
「聖女リコに直接会ってみたいんだが、それは可能なのか?」
「不可能だ」
「何故?」
「不届き者が聖女様に会うなど言語道断だから、信用のおけるもの以外は会えぬようになっているのだ」
「話さなければいけないことがある」
「それならば、私に話してもいいぞ。お前の話を聖女様の住む家の周りを護衛する方に伝え、その方がさらに聖女様の身の回りを世話をする方に伝えて、その方が聖女様にお前の話を伝えるだろう」
何だその伝言ゲームは。
直接伝えないと駄目なんだよな。
人を介してでは訳の分からない話と思われて、相手にされないだろう。
じゃあどうする?
家を調べて忍び込むとか? それじゃあ犯罪者だしな。相手が俺の顔を記憶していなかった場合、捕まる可能性もある。
とはいえ絶対に伝えておかないとならない事柄だしなぁ。
「道の真ん中で考えるのもあれじゃし、宿に戻ってから考えればどうじゃ?」
「それもそうだな」
メクに促されて俺たちは宿に戻った。
帰って考えたが結局、その日のうちに良い案が浮かんでくることはなかった。