第三十話 圧倒的な力
第三侵攻部隊は全員ダンジョンに入った。
「迷路ですね……進みましょうかカリウシ様」
「……」
「カリウシ様?」
部下からの言葉は、カリウシの耳には入っていなかった。
彼はダンジョンに入った瞬間、身を突き刺してくるような、嫌な気配を感じ取っていた。
このような不吉すぎる気配を感じたのは、カリウシにとって初めてのことであった。
絶対的に自分の実力に自信を持っていたカリウシは、どんな難しいダンジョンに入っても、余裕であった。
しかし、それがどうであろうか。
今のカリウシは、額から汗を垂れ流し、心臓の鼓動が早くなり、息が若干荒くなっている。
こんな経験をしたことは、赤叡山のダンジョンに誕生してこの方、一度もなかった。
部下はカリウシのそんな様子を見て、激しく動揺する。
今までこんな姿を見たことがないので、それも当然だろう。この先に何か尋常でないものが待ち受けている。そんな予感を部下の吸血鬼(ヴァンパイア)たちは感じていた。
「カリウシ様……引き返しますか?」
部下が尋ねた。
その質問を聞き、カリウシは我に返る。
先頭にいたカリウシは、振り返って部下たちの表情を見た。
動揺しているというのが、一目見て分かった。
カリウシは、自分が隊長として、間違った態度を取ってしまっていたことに気づいた。
どんな状況でも、部下たちを不安にさせないように、堂々とした振る舞いをするのが、隊長の務めである。
彼は不安な心を何とか静め、再びいつもの堂々とした態度に戻り、
「戻るわけがあるまい! このカリウシが、Dランクダンジョンの魔物に負けるわけがあるまい!」
そう言い放ちながら、ダンジョンを歩き始めた。
部下たちは少し安心して、カリウシについていく。
そして、しばらく歩いたところで、カリウシの感じていた不吉な感覚が急に強くなってくる。
今回はカリウシだけでなく、部下たちもその感覚を感じていた。
その場にいた全員が自然と身構え、臨戦態勢を取る。
そして、
「こいつらか、侵入者は」
「はぁー、めんどいっすけど、命令じゃ仕方ないっすからねー。さっさと倒して、寝るっすかー」
二人の魔物の登場に、第三侵攻部隊の面々は顔色を青くした。
見た目は、銀髪少女が一人と、やる気のなさげな白髪の女が一人だ。
しかし、その中にとんでもない力があるということを本能的に悟った。
カリウシは、動揺する心を何とか抑える。
そして、この場でどうするか、一瞬で考える。
(確かに相手は強いだろうが、たった二人だ。こちらはこの人数。吾輩もいる。過剰に恐れる必要は無い。勝てるはずだ)
恐怖を静めるため自分に言い聞かせた。
「貴様ら怯えるなこの人数だぞ! 負けるはずがなかろう!」
部下たちを奮い立たせるため、大声で叫んだ次の瞬間。
「貴様ら吸血鬼(ヴァンパイア)か? 実はわしもそうなのじゃ。まあ、だからと言って手加減はせぬがな」
その声が自分のすぐ近くから聞こえた。
下を見ると、そこには銀髪の少女の姿が。
驚愕する暇もなく、少女は腹にパンチをし、カリウシが体をくの字に折ると、今度は首を手刀で叩き落とした。
落ちた頭を足で踏みつぶす。
「こうすれば吸血鬼(ヴァンパイア)でも死ぬじゃろ」
再生力の強い吸血鬼(ヴァンパイア)でも、頭が潰されればどうしようもなく死んでしまう。
吸血卿(ヴァンパイア・ロード)のカリウシは、あっけなく絶命した。
カリウシが死んでから、部下の吸血鬼(ヴァンパイア)たちは激しく混乱した。
激闘の末に死んだという死に方なら、まだ良かっただろうが、あっさりと赤子の手を捻るように殺されてしまったので、訓練された精鋭兵たちもこれには言葉を失った。
「親玉は殺したっすか。一応あたしも働いておきますかー」
そうやる気のなさげに呟いた後、シロエは部下の吸血鬼(ヴァンパイア)たちに迫る。
人間体だと若干戦闘力が落ちるが、それでもシロエの力は強力である。
吸血鬼(ヴァンパイア)では、シロエの速度に全く対応できず、なすすべなく次々と殺されていった。
二人は一体も残さず、敵を殲滅した。
全て倒して、ダンジョンに吸収された。
「よし、終わりじゃ」
「これあたしいらなかったんじゃないっすかねー。チビ姉様一人でも倒せたっしょ」
「まあ、そうじゃがのう。父上の命令じゃし仕方ないじゃろ。あとチビ姉様と呼ぶな」
「ふわー……じゃあ、一階に戻って寝てきますか……」
「わしも戻るか」
仕事を終えた後、二人は二階をあとにした。
○
「あいつらを全部倒して、5万4000DP獲得したのです! 大収穫なのです! さらにこれでダンジョンランクがDからCに上がったのです!」
「おおー、やったー」
第三侵攻部隊を退治したため、大量のDPが入りダンジョンランクがCへと上昇した。
それにより出来ることが増えるので、ユーリはそれをリックに説明をした。
・ダンジョン図鑑を出せるようになる
ダンジョン図鑑はダンジョンの魔物の情報が書かれた図鑑。最初はダンジョンにいる魔物の種類くらいしか載っていないが、鑑定をすると、その魔物の詳細な情報が載るようになる。死んだり、乗り換えられたりしたら、その魔物のページが消滅する。
・契約書を作成可能になる
他のダンジョンと契約を結ぶための契約書を作成可能。一枚1万DP。
・ダンジョンの外に出せる魔物の数が増加
十体が限度だったのが、二十体が限度に変更。
・吸収率増加が出来るようになる。
魔物死亡時のDP収入が増加する。ビルベシュには適用されない。5000DP。
「これぐらいなのです」
「ダンジョン図鑑ってのを使ってみたいけど」
「あ、はい」
ユーリがパンと一回手を叩いた。
すると、本が出てくる。
何度も見ているカタログとは、違う本であった。
「これが魔物図鑑なのです」
リックは本を手に取り、ページをめくる。
最初のページはダンジョンマスターのリックについて書かれていた。
ページにはダンジョンにいるものの、現実を模したような精密な絵と、名前が載っていた。
しかし、それ以上の細かい情報は書いていない。
ほかのページにはクルス、シロエなどのページもあったが、リックのページと同じだった。
「これは、鑑定をすると詳しい情報が書かれるんだよね」
「そうなのです」
「でも鑑定って高いよね。一回2万DPだったよね」
「現状では2万DPは高いのです。もっとダンジョンを育てれば。2万DPくらいなら安く感じるようになるのですが」
「そうかー。まあ、今はそんなに使えないな。でも自分を鑑定してみるか。僕に何ていうスキルがあったのか、少し気になるし」
「あ、鑑定するのですか。じゃあ、2万DP使って……」
リックは二万DP支払い、自分のステータスを確認した。
紙が出てきた、ヒラヒラと中に舞い上がり、床に落ちる。
「それにステータスが書いてあるのです」
「そうなんだ、どれどれ?」
リックは紙を拾って書いてあることを読んでみた。
リック・エルロード 17歳 男
HP 120/120
MP 130/130
攻撃 23
防御 34
速度 35
スキル 合成効率上昇
「合成効率上昇か。なんか予想通りだね。このステータスって強いの」
「えーと……」
ユーリはステータスを見て、答えにくそうにしている。
「ご主人様のよさはステータスなんかでは、測れないのです!」
「……悪いんだね。まあ、分かってたから聞く必要なかったけど」
若干リックは落ち込む。
「これで、魔物図鑑には僕の項目が載ってるんだよね」
「そうなのです」
ユーリが図鑑を開いてリックに見せた。
確かにリックの名前が書かれたページに、詳細なステータスが書かれている。
「ここに書かれているってことは、この紙は捨てていいの?」
「というか自動的に消えるのです。明日にはもうなくなってるのです」
「そうなんだ」
そう聞いたリックは、鑑定紙を無造作に置いた。消えると分かっているのなら、わざわざ大事にしまう必要性はない。
「そういえばこれ、ユーリのページがないね」
「魔物図鑑ですから、ダンジョン精霊は載っていないのです」
「あの、僕人間だけど載ってるんですが」
「忘れたのですか? ご主人様は私と契約して、人間以外の存在になったのです。魔物といえば魔物と言ってもいいと思うのです」
「ええ!? 僕って魔物になってたの!?」
人間やめたと聞いたときは、そこまでショックを受けてなかったリックだが、魔物になったかもしれないと聞くと少しショックだった。
「……まあ、クルスもシロエも、新しい仲間のベリアスたちも魔物だし……いいか別に」
リックは何とか衝撃の事実を受け止めた。
「それで、あと何DP残ってるんだっけ?」
「えーと、3万DPなのです」
「新しい魔物を作るか、それともDP収入を上げるか……」
リックは悩む。
「私はとにかくDP収入を上げるべきだと思うのです。恐らく赤叡山のダンジョンは、今回の失敗でもう攻めてくるのは難しくなるはずなのです。ここでDPを一気にためて、逆に赤叡山のダンジョンに攻め込むのです。そして、逆にこちらが有利な条件で契約をすれば、凄い数のDPが入るようになると思うのです。Bランクになれば長い時間、魔物をダンジョンの外に出せるようになるので、そこまでDPを貯めるのです」
「どのくらい出せるようになるの?」
「現在のCランクは丸一日が限度なので、それでは攻めるのは難しいのですが、Bランクからは30日間外に出せるようになるのです」
「一気に増えたね」
「30日間出すには、魔物一体につき、3万DP使う必要があるので、その分のDPも貯める必要があるのです」
「ちなみにBランクまで必要なDPはどれくらい?」
「えーと…………残り約100万DPなのです」
「そ、そんなに!?」
「大丈夫なのです! とにかくDPを増やすためにビルべシュ養殖場を増やせば、間違いなく凄いDP収支が見込めるようになるのです! 案外100万くらいあっという間なのです!」
「そ、そうなのかなぁ。うーん、じゃあそうするかー。DPを貯めてBランクになり、そして赤叡山のダンジョンに攻め込む」
リックはこれからの行動を決めて、早速DPを使用し二階横の部屋に大型ビルベシュ養殖場の作成を開始した。
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