第二十九話 説得不可
赤叡山のダンジョン、ダンジョンマスタールーム。
ミレイは椅子に腰をかけて、とある本を読んでいた。
ダンジョン図鑑。
ランクCになると出せるようになるもので、図鑑には一枚一枚に、ダンジョン所属のモンスターの情報が詳しく書かれている。
一冊三百ページで、モンスターの数がそれを超えると、二冊目三冊目と増えていく。
「やはり消えている……」
ミレイはベリアスのページが消滅した事に気付いていた。
(やられたか、もしくは……乗り換え札を使われたか、どちらかね……。仮に乗り換え札を使われていた場合は、このダンジョンの戦力状況が敵にバレてしまったという事……)
冷静に思案をしているが、内心ミレイは動揺していた。ベリアスが捕まるもしくはやられたという事は、彼女にとっても想定外の出来事であったからだ。
ベリアスの最大の特徴はそのスピードである。
その上、危機に対しての勘が鋭い。
やられそうになったのなら速攻で逃げろと、指示は出してある。
敵にやられる捕まるなどということは、まずないだろうと、ミレイはベリアスを信頼していた。
(これは攻めない方がいいかもしれないわね)
ベリアスでも逃げられない敵となると、よほど強い敵がいる可能性が高いとミレイは読んでいた。
仮にベリアスがやられたのではなく、捕らえられていた場合、赤叡山のダンジョンの居場所も敵にバレたという事になる。
中々入り込めない場所にあるこのダンジョンであるが、それほどの実力者となると、物ともせず入ってくる可能性が高い。
ここで部隊を出して攻勢に出て、その隙に相手に攻められたら一巻の終わりである。
ミレイはここはもう攻めるべきではないと決め、それをダンジョンマスター、ローズに伝えた。
「ならん。攻め潰すのだ」
ローズはミレイの考えを一蹴した。
「しかしローズ様、相手はベリアスでも逃げ切れないほどの敵がいる場所でござます。攻めるのは得策ではございません」
「ダメだダメだ。あのダンジョンのマスターは、Dランクの癖にSランクの我がダンジョンを侮辱したのだぞ。ベリアスが捕まったのは油断したからだ。どんなに熟練したものでも、ミスはあるもの。普通のDランクより強い事は間違いないだろうが、それでも所詮はDランク。我らの足下にも及ばんのは明白である。力の差を見せつけて、契約を結ばせるのだ」
ミレイはローズの意思の硬さを感じた。
こうなったら説得は不可能。
ダンジョン精霊として、彼女の側近として望みを全力で叶えるしかない。
「分かりました。奴らに我が赤叡山のダンジョンの力を見せつけてきて参ります」
〇
リックは二階にあった小型ビルベシュ養殖場が壊されたため、新しく作ることにした。
現在、約一万DP所持している。
今回は小型にするか、大型にするかリックは迷ったが、大型のビルベシュ養殖場を作る事に決め、早速二階に製造した。
これにより、二階に大型のビルベシュ養殖場が二つ作られたことになる。
二階には効率アップがかけられているため、ビルベシュ養殖場のDP収入も上がっている。
これで一月で6000DPの収入が見込めるようになった。
それから敵は攻めて来ず、五カ月が経過する。
その期間中、魔物は何も入って来なかった。だが、ビルベシュ養殖場のおかげで三万DPの収入があった。
そのDPでリックは二階の右側に部屋を作る。
二階の横に作る場合は、二階を作った時の半分のDPで作ることができる。
二階は500DPで作成したため、250DPで二階の右側に部屋を作成した。
さらに、リックは二階右の部屋を拡張する。二階に拡張するのと、同じDPが必要となる。1000DP消費。
フィールドチェンジは行わない。
その部屋に効率アップを二回かける。
初回は1500DP、二回目は3000DPと使うごとに必要なDPが倍々に増えていく。
そして大型ビルベシュ養殖場をその部屋に、二つ作成した。
効率アップ二回で、大型ビルベシュ養殖場は一つあたり、4000DPの収入になり、二つで8000DPになる。
これを二階の真ん中にあるビルベシュ養殖場の収入6000DPと合わせると、毎月で14000DPの収入が入る事になった。
「いやー、何もせずにそんなにDPが入るなんていいねー」
「そうなのです。二階右にはまだまだ大型ビルベシュ養殖場が作れるので、もっと作るのです」
「うーん、でも先にもうちょっとダンジョンを強化した方がいいんじゃないかなー。赤叡山のダンジョンの侵攻はやっぱり少し怖いでしょ?」
「それもそうですが、ベリアスちゃんの話ですと、クルスちゃんとシロエちゃんがいれば十分防衛出来そうなのですがね。相変わらずご主人様は心配性なので」
「そうだなぁ……確かにDPを増やすのは大事だしなぁ」
「ランクが上がっていくと、やれることが徐々に増えていくので、DPを稼げるようにするのは、何よりも大事なのですよ。ああ、そういえばもうちょっとでランクCにダンジョンランクが上がるのです。来月くらいにはもうなっているのです」
「そうなんだ。Cになったら何が出来るようになるの?」
「それは上がってからのお楽しみなのです」
リックは不安はあったが、ここDPを増やすことを優先した方がいいと判断した。
「あっ!!」
いきなりユーリが叫び声をあげる。
リックは戸惑いながら、
「何?」
と尋ねた。
「侵入者なのです……! こいつらは……吸血鬼(ヴァンパイア)なのです!」
〇
赤叡山のダンジョン第三侵攻部隊。
強力なAランクの魔物である吸血鬼(ヴァンパイア)で構成されている、この部隊が、現在リックのダンジョン入り口付近へ集合していた。
吸血鬼(ヴァンパイア)の数は合計で二十三体。
その中でもひときわ異彩なオーラを放っている存在がいる。
豪華なマントを羽織っている、非常に整った顔の男の吸血鬼(ヴァンパイア)だ。ほかの吸血鬼(ヴァンパイア)たちより、身長が頭二つ分くらい大きい。黒色の髪を地面に着くくらいの長さまで伸ばしている。
第三侵攻部隊隊長、吸血卿(ヴァンパイア・ロード)のカリウシである。
「カリウシ様、準備整いました」
「そうか、では行くか……しかし」
部下からの報告に返答した後、カリウシは怪訝な表情を浮かべる。
「今回攻めるダンジョンは、名もないDランクのダンジョンだという。そこを攻めるのに吾輩を使う必要があるのだろうか。ムライザーを先に行かせるのが、いつもの手のはずであるがな。ミレイ様の考えることはよく分からぬ」
「何やらべリアスたちが捕らえられたとの話です。もしそれが誠であるならば、油断は出来ないかと思います」
部下の言葉を聞いたカリウシは、その部下を睨みつけ、
「吾輩はSランクダンジョンの赤叡山のダンジョンの最高戦力である。その言葉は不遜であるぞ」
「す、すみません」
カリウシから睨まれた部下は、すぐに深々と頭を下げて、謝罪をした。
「では行くか」
カリウシはそう言って、自らが先頭に立ちダンジョンの中に入った。
部下もあとに続き、中に入って行った。
○
「いっぱい入ってきたね……」
大量の吸血鬼(ヴァンパイア)が入ってくるようすを、リックは監視玉で見ていた。
正確な数字は見ただけでリックには分からないが、二十体近くはいると思った。
「べリアスちゃんの話にあった第三侵攻部隊なのですね。でも、次に来るとしたら第二侵攻部隊の方だと思っていたのですが、意外なのです」
「そうだね。たぶんべリアスがやられたから、強いのを先に行かせた方が、良いって考えたんじゃないかな?」
「そうなのですね。相手のダンジョンに弱い魔物を行かせて、下手にやられたら、仲間にされるか、もしくは殺されてDPにされるかなので、ただ単に自軍の戦力が落ちるだけでなく、敵の強化に繋がってしまうので、非常に損してしまうことになるのです」
ユーリは、リックの考えを肯定する。
「それでどうするのですか、あの吸血鬼(ヴァンパイア)たち」
「うーん、そうだね……。あの数だけど……同じ吸血鬼(ヴァンパイア)であるクルスに、行かせようかな。べリアスの話だと大丈夫みたいだったし」
「一応シロエちゃんも行かせてみるのもありだと思うのです。恐らく敵の狙いは、ダンジョン自体の攻略ではなく、こちらの魔物退治なのです。赤叡山のダンジョンは、このダンジョンと契約を結びたいと思っているはずなので、このダンジョンを潰すのではなく、強い魔物を倒して自分の力を見せつけてくるはずなのです。なのでクルスちゃんと、シロエちゃんが向かっても、戦って来ると思うのです」
「そうかー。じゃあシロエも行かせるか。今回は人数が多いから捕らえるのはなしで、全部退治しちゃおう」
リックはそう決めて、通信紙を使用し、二人に侵入者を退治するよう、命令を出した。
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