第二十八話 寝返り
「持ってきたっすよー」
「おお、来たか」
シロエがクルスに、乗り換え札を渡した。
土下座中のベリアスは、見たわけではないが、気配だけで何かとんでもない奴が新しく来やがったと、身を震わせた。
「これをこいつらの額に貼ればいいんじゃな」
「そうらしいっすね。仕事終わったんで、あたしは寝るっす。おやすみなさいっす」
その場でぐーぐーと寝始めた。
「すぐ寝おるな、全くこやつは。まあええわい。これをこやつらの額に貼ればいいんじゃな?」
『うん、貼って』
リックの返答を聞いたクルスは、
「おいお主ら、面をあげよ」
ベリアスたちに命令を下す。
大人しく従い顔を上げた。
クルスが手に持っていたものを見て、驚愕する。
「そ、それは!」
「何か知らないけど、絶対に頭貼られてはいけないような気がするっす」
「やばいよ〜」
敵に寝返りをさせる札なため、現在赤叡山のダンジョンに所属している彼らとしては、なにをするための札なのか理解はしていないが、何が何でも避けなければいけないという本能が働く。
クルスが札を持って近づくと、
「ひえええ!」
まずベリアスが逃げ出した。
「観念せい!」
クルスが回り込んで、ベリアスの首を掴む。
そのまま、札を頭に貼った。
「ああああああ!」
頭痛がするのか、ベリアスは頭を抑え倒れこむ。
ほかの二体は、その間に逃げていたのだが、最終的にクルスに捕まって、札を頭に貼られた。
「これでこやつらは、仲間になるのか」
クルスは、リックに尋ねた。
『うん、そうだと……え? 違う? あ、そうなんだ。ユーリが補足したんだけど、元のダンジョンへの忠誠心が厚かったら、札が剥がれ落ちて、失敗するんだって。成功したら札が額に吸収されていくそうだから、しっかり見ててね』
「分かったのじゃ」
それから、三体を監視する。
しばらく痛み続けてそして、
「お」
札が額に飲み込まれていった。
「これで成功じゃな」
『そうみたいだね。よかった。三体をここに連れてきて」
「分かったのじゃ」
乗り換え札が頭に吸収され、ダンジョンの所属が変わった三体。
「あー頭いてー……。ん? あれ何か変だぞ。なにかが変わった。何かわからんが、根本的に今までと何かが変わった気がする」
ベリアスは混乱する。まだ自身の所属が変わったということに気づいていないが、何か大きな変化が起きたことは理解していた。
「お主ら、付いて来い」
「え?」
「どこに……」
「いいからこい!」
「「「へ、へい!」」」
クルスに怒鳴られ、抵抗することなどできない三体。
大人しくクルスに従い、付いて行った。
〇
「よく来たね」
ダンジョンマスタールームへとやってきたベリアスたちを、リックは出迎えた。
「どうも……」
「えーと……君の所属ダンジョンが変更になったというのは、分かるかな?」
「何となくだけど……何が変わったのか最初は分からなかったが、ボスが変わったんだな。あんたがオイラの新しいボスってことでいいんだよな」
「うん、リック・エルロードだ。よろしくね。君たちは名前……あるのかな?」
「オイラはベリアス、それと手下のペレンとキースだ」
「よろしくっすマスター」
「よろしく〜」
それぞれリックに挨拶をする。
「それで色々聞きたいことがあるんだけど。話せるよね」
「なんでも聞いてくれ。さっきまでは話すのに、強烈な抵抗感があったが、今は微塵も感じねぇ。本当に生まれ変わった気分だ」
実際、所属ダンジョンが変わるということは、ダンジョンで生まれた魔物にとっては、非常に大きな出来事である。生まれ変わったと言っても、大袈裟な表現ではなかった。
「えーと、まず君達は赤叡山のダンジョンから来たということは間違いないよね」
「間違いない」
「目的は何かな?」
「俺たちはこのダンジョンに嫌がらせをするために来たんだ。中の魔物を何体か退治したり、有用な施設を叩き潰したり、ダンジョン内の情報を持って行ったり、そうしてダンジョンが疲弊し、かつダンジョンのレベルが明らかになったところで、一気に大量に戦力を投入して叩き潰すってのが、赤叡山流のやり方だ」
「ふむ、だからビルベシュ養殖場を潰したのか」
「あ、あれは……勘弁してくだせぇ……」
「ああ、いや怒っていないから。君たちは仲間になったんだからね」
「そ、そうか……」
ベリアスはほっと胸をなでおろす。
「えーと、じゃあ具体的に、いつどんな敵がこのダンジョンに来るのか、話すことは出来る?」
「いつは分からない。たぶんこうなることも想定に入れて、作戦の核心は説明してないんだと思う。赤叡山では、ダンジョン精霊がマスターに代わって作戦指揮をとっていてな。それが頭の切れる奴なんだ」
「へー、ダンジョン精霊が」
「結構珍しいのです。だいたいダンジョン精霊は、マスターの補佐をする役目なのです」
「オイラの予想では、オイラたちが失敗した時点で、侵攻を諦める可能性もあるかもな。結構慎重な奴なんでな」
「来ないの?」
「もしかしたらだ。仮に来た時のために一応、要注意の魔物を教えておくぜ」
「うん、教えて」
「えーとだな。とりあえず名前だけあげると、吸血卿(ヴァンパイア・ロード)のカリウシ、エンペラーレッドリザードマンのホーメイト、エンペラーゴブリンのムライザーそれぞれ同系統の魔物の軍団を率いている」
「全部Sランクの魔物なのです」
ベリアスはその後、魔物たちの強さを語った。
吸血卿(ヴァンパイア・ロード)は、少数の吸血鬼(ヴァンパイア)を率いる第三侵攻部隊の隊長。
吸血鬼(ヴァンパイア)は少数だがとにかく個体個体の戦闘能力が強力だ。それを率いる吸血卿(ヴァンパイア・ロード)は赤叡山最強の実力者である。
第三侵攻部隊は、敵の精鋭を倒すための部隊である。
エンペラーレッドリザードマンのホーメイトは、リザードマンなどの魔物を率いる、第四侵攻部隊の隊長。
それなりに強いリザードマンが大勢所属しているこの部隊は、赤叡山のダンジョンの主力である。
荒らしに荒らした敵のダンジョンに、とどめを刺す役割を担っている。
エンペラーゴブリンのムライザーは、大量のゴブリンを率いる、第二侵攻部隊のリーダーだ。
ムライザーは戦闘力こそさほどないが、統率力が高く、弱小魔物ゴブリンをうまく使って、強い魔物を倒すことに長けている。
第一侵攻部隊が弱らせたダンジョンを、さらに弱体化させる役割を担っている。
「こんなところだな」
「ありがとう教えてくれて」
「でも正直、あのクルスさんだったけ、それと白い髪の只者じゃなさそうな感じの方と、両方いれば正直攻めてくるのは難しいと思うね。たぶんだけど、どっちもSSランク級の魔物でしょ? SSランクは、Sランクが千体集まっても倒せないって言われてるくらい、文字通り格の違う強さがある。実際戦って見てそれを感じた。だからそこまで複雑に考えず、来たら全力で叩くくらいの気持ちでもいいと思うぜ」
「そうなんだ」
説明を聞き、結構厄介な敵であるという印象をリックは受けていた。
ベリアスの言葉通りなら、そこまで警戒する必要もないかな? と少し敵の評価を下げた。
「とりあえず聞きたいことはこれだけでいいかな? まあ、なんか聞きたいことが出来たらまた聞くから」
「おう、いくらでも聞いてくれ」
その後、ベリアスたちの通信紙を作成して、一階の迷路に配置した。
スポンサーリンク