第二十話 vs勇者パーティー⑤
アレンとビクターは三階に降り立った。
「これは……」
アレンは三階を見回す。
そこは土の壁に囲まれた特に何の仕掛けもない部屋だった。
「アレン、お前の予想は当たったかもしれんぜ。ダンジョンの最終階付近ってのはだいたいこんな感じになってるからな」
基本的に下の部屋を拡張する方がDPがかかるので、ダンジョンの最終階付近はこのように手のかけられていない部屋になっていることが、多々あった。
「次の階にダンジョンマスターがいるかもな」
そう予想して二人は急いで部屋を歩き、次の階に行く道を探す。
すると、
グルルルルルルル…………
獣のうなり声が聞こえてきた。
二人は反射的に身構える。
ドシンドシンと地鳴りがして、何かが近づいてくる。
そして、その何かが姿を表した。
「こいつは……」
「ファイアードラゴン……!」
真っ赤な大きなドラゴンが二人の前に立ちふさがる。
アレンとビクターはファイアードラゴン見て少し動揺する。
魔物はG〜SSSまでのランクに分かれている。強さによって分かれているが、同じランクだからと言って全く同じ強さだというわけではない。
ランク内でも強い方、弱い方と分かれている。
Sランクは、ランク内の強さの差が一番大きく、ファイアードラゴンはSランクの魔物の中でも上位に入る強さを持っていた。
アレンとビクターの二人にとって、ファイアードラゴンは倒せない相手ではない。しかし、苦戦は必須の相手だった。
「ドーマ達が時間稼ぎしている間に倒さなくてはいけないが……間に合うか……!?」
「間に合わせる」
アレンはそう言って剣を抜き、全力で走って攻撃を仕掛けた。
ファイアードラゴンはアレンの動きを見て翼を羽ばたかせ、猛烈な風を起こす。
アレンは強い向かい風に、動きを止められる。
その隙を付いてファイアードラゴンは爪を使い素早くアレンを攻撃した。
何とか攻撃に反応して剣で防御する。その後、素早く後退した。
一連の攻防を経て、アレンは違和感を覚える。
何度かファイアードラゴンと戦った経験があるアレンだが、その時経験した風起こしの威力、攻撃力、スピード、どれをとっても今回のドラゴンは他のドラゴンより優れていた。
だいたいのSランクの魔物なら、アレンはソロでも倒す事が可能だ。だが、こいつには勝てないのでは? と疑問に思うほど今回のファイアードラゴンは強いと感じた。
アレンはビクターに目配せをする。ビクターはコクリと頷き、前に出てファイアードラゴンに近づいた。
アレンは後ろに下がる。
ファイアードラゴンはビクターを爪で攻撃する。ビクターは攻撃を受け止める。
ファイアードラゴンが攻撃したのを見計らって、アレンが素早く動き、敵の死角になる位置からドラゴンのわき腹辺りに斬撃を加え、ドラゴンの固い鱗を切り裂いた。
血が勢いよく噴き出し、ファイアードラゴンは痛みでうなり声を上げる。
ビクターを攻撃していたファイアードラゴンは、標的をアレンに変える。顔をアレンのいる方に向け、口から火の玉を放った。
それをアレンは回避。標的を外されたビクターは、体を丸め、そのまま走り出し、強烈なタックルをかました。
タックルはファイアードラゴンの前足に直撃。ファイアードラゴンはバランスを崩し前のめりに倒れ込んだ。
追撃を加えるために、ビクターは後ろに下がって距離を取る。そしてもう一度タックルをしようとした時、
「ビクター! やめろ!」
アレンの叫び声が聞こえ、ビクターは動きを止めた。
ファイアードラゴンの様子が少しおかしい。
ジュー……と音を立てながら全身から湯気のようなものを発生させている。
そして、ファイアードラゴンの体から火が発生し、全身が赤く燃え上がった。
ファイアードラゴンがそう呼ばれている理由は、激怒すると全身に火を纏うからだった。
真っ赤な炎が勢い良く燃え盛り、周囲の温度を急激に上げる。
ファイアードラゴンは顔を上に向け大きく雄たけびを上げる。雄たけびを上げた瞬間、体から多数の火の玉が周囲に散らばり、アレンとビクターに襲い掛かる。
次々に来る火の玉を何とか回避するが、何発か当たってしまいダメージを受ける。
「っち」
ダメージを受けアレンは舌打ちをする。アレンはファイアードラゴンを見てどうやって倒してやろうかと考える。
燃え盛る炎にはそう簡単に近づけない。ファイアードラゴンの基本的な倒し方は、あの火が止むのを何とか耐えて待つことだ。
ファイアードラゴンは己の魔力を使って火を纏っているらしく、永久に纏い続ける事はできない。
しかし、待つのは、早くダンジョンを攻略しないといけないアレンにとっては、悪手だった。
早くけりをつける必要がある。
(多少のリスクは承知で、行くしかないか)
アレンは剣を構える。ビクターも同じ結論に達したのか、構えを取った。
すると、ファイアードラゴンが燃え盛る翼を、ばたばたと羽ばたかせ始めた。
その所作にアレンとビクターの顔色が変わる。
「あれが来る。避けろよ!」
「分かってる!」
アレンが大声で叫び、ビクターが応答する。
ファイアードラゴンの羽ばたきで、竜巻が発生する。それが炎を巻き込み始め、炎の渦を作り出した。
炎の渦は火の粉を飛び散らしながら、部屋の中を動き回り始める。
同じ炎の渦をもう二回発生させ、部屋の中は飛び散った火の粉が、大雨のように降り注ぎ、赤く染まった。
アレンとビクターは急上昇した部屋の気温に汗をだらだらと流しながら、炎の渦の動きを注意深く見極めていた。
「巻き込まれたら死ぬぞ」
「見りゃわかる」
炎の渦は部屋の中を縦横無尽に動き回る。
二人は何とか進路を見極め、回避する。しかし、二人の注意が渦に向いた所を狙って、ファイアードラゴンが火の玉を放ってくる。火の粉のせいで視界がいちじるしく悪くなっおり、避け切れない。
何発か被弾しダメージを受ける。
炎の渦の方は何とか避けきり、数秒経って炎の渦は消える。
だが何度か火の玉が直撃した事や、気温の上昇などの理由から、二人の意識は朦朧としていた。
ファイアードラゴンはアレンに向かって、燃え盛る尻尾で攻撃を放った。
アレンは僅かに反応が遅れ攻撃を喰らいそうになる。
「アレン!」
アレンをかばうようにビクターが前に立ちふさがった。防御力が高いビクターはアレンよりダメージが少なく立ち直るのが早かった為、すぐ反応できた。
燃え盛る炎の尻尾をビクターは受け止める。
「ぐあああああああああああ!!」
ビクターは熱さから絶叫する。
しかし決して逃げずに、尻尾を受け止め続ける。
アレンはすぐに気を取り直す。
素早く動き、先ほど自身が切り裂いたわき腹の傷口にめがけて突きを放った。
ここを切り裂いたのは理由があっての事だった。
魔物には魔石と言う、魔物の核となる部分が必ずある。
それを壊されると、どんな魔物でも消滅してしまう。
何度かファイアードラゴンを退治したことのあるアレンは、魔石の位置を把握しており、突きを放ったら即効で壊せるように、事前に固い鱗を切り裂いたのだ。
突きが傷口から突き刺さる。アレンは固い何かを壊した手ごたえを感じ、瞬時に剣を引き抜き離れる。
一瞬で離れた為、火によるダメージは少なくてすんだ。
魔石を壊されたファイアードラゴンは、断末魔の叫びを上げながら、灰になって崩れていった。
「よし、下に行くぞビクター」
アレンはそう言うが返事はなかった。
先ほどビクターが攻撃を受け止めていた場所に、ビクターの姿は無く。
装備していた鎧だけが、落ちていた。
「…………」
アレンはビクターの死を悟った。
「っち……」
そう舌打ちをした後、振り返ることなく、一人で次の階へ向かった。
〇
「ご主人様、ファイアードラゴンちゃんがやられちゃたのです! 勇者がこの部屋に来るのです!」
「そうか……でも、ビクターもやられたか……」
ビクターが死んだ事でホッとしたような、罪悪感を感じるような、少し不思議な感情をリックは感じた。
「でもビクターが死んでアレンだけになったのなら、なんとかなるかもしれない」
リックはアレンとビクターが戦っている間、いくつか簡単な罠を作り、この部屋に仕掛けていた。
ビクターがいればひっからないかもしれないが、アレンだけなら、罠に引っ掛ける事も可能だと思っていた。
「……来るか」
アレンが3階の穴を降りる様子が、監視玉に写された。
リックは緊張感から額に汗をかく。
そして上から、アレンが部屋に降りて来た。
リックはそれを肉眼で確認した。
アレンはキョロキョロと辺りを見回す。
そしてリックの方を見た。
「あれは……」
アレンは少し目を凝らして見る。
リックは、3階から最終階に降り立つ位置を知っているため、なるべく距離を取れるような位置どりをしていた。
その為、多少遠いのですぐにリックだとは気づかなかったようだ。
だが、しばらく見たら気づいたようで、
「リック……か?」
そう言った。
「や、やあアレン、久しぶり」
リックはアレンの呟きに返答する。
(何故リックがここに? どういうことだ?)
アレンは混乱する。
アレンはリックの横に精霊がいるのに気付いた。あれはダンジョン精霊だろうと予測をつける。
(もしやリックがダンジョンマスターなのか? 人間がダンジョンマスターになれるのか?)
アレンは疑問に思うが、リック以外それらしき者がいない為、そうとしか考えられない。
「お前がダンジョンマスターって事でいいんだな」
アレンの返答にリックは無言だった。
「無言は肯定と受け取る」
アレンはそう言った後、ニヤリと笑みを浮かべる。
リックがダンジョンマスターなのは驚いたが、良く考えればラッキーな事だと思ったからだ。
「真祖(トゥルー・ヴァンパイア)がいたから、ダンジョンマスターも真祖かもしれんと思っていた。そうなれば終わりだったが、杞憂だったようだな。お前みたいな雑魚なら二秒で殺せる。俺の勝ちのようだ。ビクターの死も無駄にならずにすむな」
心底リックを見下したような目で見ながらそう言った。
もしかしたらアレンは自分を殺す事を躊躇するかもしれない、とリックは思っていたが、そうはならなかったみたいだ。
「僕もアレンだけが来てくれて、嬉しいよ」
「あ?」
「アレン一人だけなら、どうにでもできるからね」
「……」
リックはアレンを挑発する。見下している相手から挑発されたら、沸点の低いアレンなら簡単に挑発に乗ると思っていたからだ。
「ふん、それで挑発のつもりか?」
(あれ? 乗ってこないかな)
「安心しろよ、そんな挑発しなくてもすぐ殺してやるからよ!」
アレンはそう言って、全力でリックに向かって走り出す。
(いや乗って来た! 分かった上で挑発に乗ってきた!)
アレンが走り出して五歩目。
いきなりアレンの足下の土が泥に変化した。
アレンは足を取られ転倒しそうになる。
なんとか体勢を立て直して前に進むと、今度は足下に落とし穴が仕掛けられていた。
足下の土が崩れ、アレンは真っ逆さまに穴に落ちていった。
さらに周辺の土が動き出し穴を埋め始め、アレンは生き埋めにされた。
「完璧に決まったのです! これ死んじゃったのですかね?」
「いやーどうだろうね」
数十秒間、アレンは生き埋めにされていた。
すると、ゴオッ! と地面を揺るがす音がなり、アレンが生き埋めになっていた場所から、大量の土が上に吹き上がった。
その後、ジャンプしてアレンは穴から脱出した。
「っち……ふざけた真似しやがって……」
だいぶ頭に血が上っているのか、額に青筋ができている。
「地面には他にもなんか仕掛けてるだろ……だったら……こうすればいいだろ!」
アレンは思い切り地面を蹴りジャンプして、そのままリックに向かって攻撃をしようとする。
リックはその行動を予測していた。
地面から複数の鉄線が飛び出して来て、それがアレンをがんじがらめに縛り上げあげて拘束した。
「な、これは……ぐっ!」
アレンは拘束を解こうと力を込めるが、鉄線は特殊な加工がされているのかかなり硬い。さらに宙に浮いている体勢の為、力が入れづらく、アレンはなかなか拘束を解けず苦しんでいた。
「ああああああっ!!!」
アレンは雄叫びをあげて力を込めて、鉄線をなんとか破った。
地面に落下する。
「!」
アレンが落下した場所は落とし穴になっていた。再び穴に落ち、またも生き埋めにされる。
先ほどよりも穴はふかくなっていた。
アレンは先ほどより長い時間、生き埋めにされた。
なんとか土を吹き飛ばして、穴から脱出した。
「……ふざけやがって」
「やっぱりすごいなー穴から脱出するし、鉄線を力尽くで解くなんて」
「俺をこの程度で殺せるとでも思ったか?」
「少しは」
「ふん、お前ごときが俺を殺せるわけがない。次はどうやって足掻く気だ? 全部無駄なあがきにしかならんがな」
「いやーもう次はないんだ」
「ほう? 本当かか嘘かわからんが、本当ならお前はもう終わりだな」
リック達とアレンの距離はだいぶ縮まっている。
アレンなら軽く一飛びすればすぐにリックを斬り殺せる位置だ。
「死ね」
アレンは地面を蹴り上げ、リックに向かって斬りかかる。
「だって次はもう必要ないからね」
アレンの剣がリックに当たる寸前。
「父上に何をしておる」
クルスがリックの前に立ちふさがり、アレンの斬撃を止めた。