第十五話 戦いの前に
「うーん……来ないな……」
リックは呟いた。
Aランクの冒険者達がダンジョンに侵入して来て、一ヶ月ほど経ったが、それ以降に侵入してくる人間は現れなかった。
ゴブリンなどの魔物がたまに侵入して来るが、たいしたDP稼ぎにはならない。
ここ一ヶ月の収入は、ビルベシュ養殖場で得た500DPと、それ以外で100DP、合わせて600DPだけだった。
「来ないのですね……一人も帰さずにDPにしちゃったのが、悪かったのですかね……」
「でも、帰してたらダンジョン内の情報を、伝えられてたかもしれないからなぁ」
「困ったのです。人間が来ないとダンジョンランクの上がりが遅くなるのです」
「そのうち来るとは思うよ。街の近くにダンジョンはあるから、放って置かれないと思う」
「それもそうなのですね」
リックの予想を、ユーリは肯定した。
「父上、母上、ずっとこの部屋にいてわしは暇で仕方ないのじゃ。ダンジョンの外に一回出てみたいのじゃ」
不満げな表情でクルスが言ってきた。
「現時点で外に出る事は不可能なのです。DランクからDPを使って魔物を外に出せるようになるのです。出せる数は少数なのですが」
「今は出られぬのか……ランクが上がったら出るのじゃ!」
「出られるようになっても、クルスちゃんは出ちゃダメなのです」
「なんでじゃ!?」
「このダンジョンの最高戦力は、クルスちゃんなのです。軽々しく外に出すわけにはいかないのです」
「むむむ……」
顔をしかめてクルスは唸る。
「クルスにはポーション調合を教えたけど、すぐ飽きちゃったからなぁ」
「あれは思ったより地味だったのじゃ」
「ポーション調合は確かに地味だけどさ……派手な奴は結構派手だよ」
「派手なのもあるのか。それはやってみるのじゃ」
「今はDP足りなくて出来ないけど」
「出来ぬのか! なら暇なままではないか!」
クルスのイライラが徐々に溜まってくる。
「誰か来んかのう。誰か来たら少しは暇じゃなくなるかもしれんのに」
クルスは監視玉を見つめる。それにはダンジョンの入り口が映されている。
クルスが見つめていると、身軽な格好をした人間が、ダンジョンに侵入して来る様子が、監視玉に映し出された。
「お! 誰か来たぞ!」
「え?」
クルスは興奮気味に言い、それを聞いたリックは急いで監視玉を確認する。
リックが確認した丁度その瞬間。
侵入者は魔法を使って、ダンジョンから出て行った。
「出て行ったのじゃ……何なのじゃ? 今のは」
少しほうけた顔でクルスは言った。
「今のは偵察しに来たんだろうね……」
「偵察?」
「経験豊富な冒険者なら、一目見ただけでダンジョンの大まかな構造が分かるんだ。だからダンジョンの序盤だけをまず見て、どんな魔物がいるのか? このダンジョンの攻略には何が有効か? などを考えて対策を練って攻略するんだ」
「でも前に来たAランクの冒険者達は、偵察を出してなかったのです」
「パーティーによってはやらない事もあるよ。なめてたって可能性もあるけど。とにかく次に来る冒険者達は、なめたりせずに万全な体制で来ると思う」
「それは怖いのです……」
「わしがおるから大丈夫じゃ」
「クルスちゃんは頼もしいのです」
その後リック達は、次に来る冒険者達への対策のため、作戦などを立て始めた。
○
アルラージの街にある冒険者ギルド。
中は酒場のようになっている。そこで3人の冒険者達が丸いテーブルを囲んで座っていた。
冒険者達は2人が男で1人が女だ。3人は普段からパーティーを組んでおり、近くの森に出来たダンジョン攻略の依頼を受けて、ここで話し合いをしている所だった。
もう一人パーティーメンバーはいるのだが、現在は偵察中でいなかった。
「勇者ね……最近弱くなったって聞いたが」
パーティーメンバーの男が口を開く。
紺色のローブを着用した、魔導師の男だ。名をクリストファー・ペレスという。
「次々とダンジョン攻略を失敗してるんだってね。弱い奴とは一緒にやりたくないね」
女がそう言った。
白いローブを着た。回復魔導師の女だ。名はエーリン・シーガーという。
「以前、俺は勇者が戦っているところを見たことがあるが、はっきり言って俺より数段強かった」
豪勢な鎧を装備した男がそう言った。
彼はこのパーティーのリーダー。
Sランクの実力を持つ冒険者、トニー・リチャーズだ。
「トニーが見たのは昔だろ? 弱くなったのは最近だって話だぜ?」
「ちょっと弱くなったくらいでは覆せないほどの能力差をその時は感じた。はっきり言って勝てるビジョンなどが見えないレベルだった」
「トニーがそこまで言うのならすごいのでしょうね」
他の二人はトニーの言葉を信じて、勇者は現在も強いと考えを改めた。
このパーティーにS級冒険者はトニーだけだ。
S級冒険者と言うのはとても貴重な存在で、全員で30人ほどしかいない。
つまりS級冒険者であるということは、上から数えて30番目以内に入るほどの実力を持った、冒険者であるということであった。
そのトニーがそこまで言うならと、クリストファーとエーリンは考えを改めたのだ。
少し経ち、バンッ! と乱暴に戸を開けられた音が鳴り響き、誰かがギルドの中に入って来た。
入ってきたのは鋭い目つきで堂々と歩く勇者アレンと、そのパーティーメンバーの二人だった。
「お前らがダンジョン攻略に同行するパーティーか?」
トニー達のパーティーに近づき、アレンはそう言った。
「そうだ。あんたは勇者アレンだな?」
「見れば分かるだろう」
自分の顔は大抵の人間が知っていると、アレンは思っていた。
「まあそうだな。俺はトニー・リチャーズ。この魔導師の男が、クリストファー・ペレスで、回復魔導師の女がエーリン・シーガーだ。もう一人いるんだが、今は偵察中でいない」
トニーに紹介され、クリストファーとエーリンが軽く会釈する。
「トニー・リチャーズ……どっかで聞いたような名だな」
「聞いたことあるか。勇者に知ってもらえていたとは光栄だ。俺はSランクの冒険者なんだ」
「Sランクの冒険者か……なら知っていてもおかしくはないな」
勇者程ではないが、Sランク冒険者の知名度はかなり高かった。
ビクターとドーマも自己紹介を済ませ、ダンジョン攻略の話し合いを始める。
「最初に言っておくが、リーダーはこの俺だ。Sランク冒険者だろうと、俺の指示に従ってもらう」
「分かった」
アレンの要求を、トニーはあっさりと承諾した。
クリストファーとエーリンは少し不満げな顔をしたが、トニーの決定に文句を挟む事はしなかった。
「それで偵察に行ってる奴は、いつ戻って来るんだ?」
ビクターが尋ねた。
「もうすぐ来ると思うが……」
「すいませーん! 遅くなりました!」
少年の様な声が部屋に響いた。
部屋の入り口に、小柄で細身な少年が立っていた。
彼はリーツ・クレメント。
偵察に行っていたパーティーメンバーである。
「偵察終わりました」
「ご苦労リーツ」
「頑張りましたよー……って! 勇者アレン!?」
リーツはアレンの顔を見て驚く。
「このガキがパーティーメンバーなのか?」
「リーツはこう見えても20超えてる」
アレンはそれを聞いて、「歳上かよ……」と驚く。
「早速、偵察の成果を伝えてくれ」
トニーがリーツに向かってそう言った。
「はい。一階を見て来ましたが、迷路でした。迷路は厄介なダンジョンです。中にいる魔物の種類も迷路というだけではわかりません。1時間ごとに形を変更させるので早い攻略が求められます」
「迷路か……ご苦労だった」
トニーがリーツの苦労をねぎらう。
「早速準備を始めるぞ。俺がいるから今回のダンジョン攻略で、失敗することはないだろうがな」
アレンが自信満々に言った後、一同は準備を始めた。
◯
リックは魔物の配置位置を確認していた。
ちなみに魔物には各部屋へ送る前に、通信紙を使って命令出来るようにしてある。区別がつくようそれぞれの紙に、血で魔物名が書いてあった。
「あ、一応クルスちゃんも、通信紙使えるようにするのです」
ユーリはそう言って、通信紙の束から一枚切り離し、それをクルスに渡した。
「この紙に血をつければいいんじゃな」
「そうなのです」
クルスは親指を牙で切り、通信紙に血をつける。その後、血で名前も書いた。
「ほれ、出来たぞ」
「はいなのです。でも教えてもいないのに字を書けるものなのですね」
「そういえばなぜ書けるんじゃろうか? 分からんのじゃ」
クルスは首を傾げる。
「そうだ。ご主人様も通信紙使えるようにするのです」
「へ? 僕? 使えるようにするって……出来るの?」
「出来るのです。魔物は知能が基本的に低いので、ご主人様の命令を聞くことはできても、状況を報告するなどは出来ないため通信紙を持たせる意味がないのですが、クルスちゃんは別なのです」
「出来るのか、確かにそれなら僕のも作っておいた方がいいな」
「はい、これ通信紙なのです」
リックはユーリから通信紙を受け取る。
包丁を持ち、少し躊躇いながら親指を切る。
その後の通信紙に血をつけて、自分の名前を書いた。
書いた後リックは、クルスに通信紙を渡す。
「おいしそうなのじゃ」
「その血は吸っちゃ駄目なのです! それに話しかけたらご主人様にメッセージが届くので、大事の持っているのです」
「分かったのじゃ。そうなのじゃ、試しに使ってみるのじゃ」
クルスはそう言った後、部屋の片隅に移動した。
そして通信紙に向かって話しかける。
『父上! 聞こえるかの!』
「うわ!」
頭の中に直接クルスの声が聞こえ、リックは驚く。
リックはクルスの名が書いてある通信紙を手に取り、それに向かって声をかける。
『聞こえてるよー』
『ぬお! 頭の中に直接声が! 不思議なのじゃ』
クルスは驚く。
その後、リック達の元に戻って来た。
「うむ、これがあれば離れてても父上と会話ができるのじゃ。便利なのじゃ」
「そうだねー」
「そうじゃ、母上も作るのじゃ」
「私? 私は基本的にご主人様の側にいるので、いらないと思うのです」
「でも直接話せた方がいいのじゃ。作るのじゃ」
「うーん……まあ、作っても損はないのですからね」
消極的だがユーリは通信紙を作ることにした。作った後、クルスに通信紙を渡した。
そして、少し時間が経ち。
「!! 誰か来たのです!」
ついに想定していた侵入者がやって来た。
リックは監視玉を確認する。
「アレン!? ビクター!?」
そこにはかつての仲間の姿が映されていた。