第三十三話 ギルの実力
「さて、名前をつけたはいいけど……ギルはどのくらい強いのだろうか?」
ステータスは、リックを遥かに上回る数値であるということは判明しているが、一度戦っているところを見なければ、どのくらい強いのかは分からない。
「わしが試しに戦って、みようではないか」
「えー? 危ないんじゃ?」
「わしはほぼ不死身じゃし、そのスライムのギルとやらも、そう簡単にやられんじゃろ。軽く実力を見るくらいで、本気で戦うわけではないので、大丈夫なはずじゃ」
「そ、そう? ギルも戦って大丈夫?」
「リック様の命令なら、私は構いませんよ」
リックは、クルスとギルが戦うことを認めた。
クルスは嬉しそうに微笑む。戦うと申し出たのは、強そうなギルと戦ってみたいという理由もあった。
両者は向かい合う。
「いつでもよいぞ。来るのじゃ」
余裕な態度でクルスがそう言った。
「では、先輩に胸を借りる気持ちで、戦わせていただきます」
ギルはそう言って、クルスに全身で体当たりをした。
物凄い速度で、側から見ていたリックは、見ることが出来なかった。
しかし、普段のクルスの速度よりかは遅かったため、クルスの目は、しっかりとギルの動きを見切っていた。
避けることも可能だったが、ここはあえて避けずに攻撃を手で受け止めた。
物凄い威力に押されるが、受け止め切る。
クルスはそのまま、ギルを手で掴んで、思いっきり部屋の壁に向かって投げつけた。
物凄い衝撃と、音が部屋に鳴り響く。
壁が大きく破損した。
「ちょ、ちょっとクルス、やり過ぎじゃない!?」
「この程度ではやられんじゃろ」
心配するリックだが、クルスは涼しい表情をしている。
実際にクルスの予想どおり、ギルは普通に動き出して、ぴょんぴょんと飛びながら、動いている。
「ぬ? あれは……」
「え?」
二人は、驚くべき光景を目にしていた。
ギルが何故か二体いるのだ。
全く同じ形をしたギルが、二体ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「え、えーと、ギル、それって?」
「「それ、とは?」」
全く同じタイミングで返答が来る。
すると、二体のギルはお互いを見合う。
「「うわ!? 私がもう一体!?」」
と驚いて両者10メートルくらい後ずさった。
「「こ、これはどういうことなのでしょう?」」
全く同じ質問を全く同じタイミングでした。
「僕に聞かれても……」
「鑑定の時、分身作成というスキルがあったから、きっとそれなのです」
ユーリが、ギルの鑑定紙を見ながらそう言った。
「何で本人が使ったという自覚なしに、発動したんだろう」
「恐らくダメージを受けたからだと思うのです、一定のダメージを受けたら分身ができるとか、そんな感じのスキルのなのでしょう」
「どのくらいのダメージで一体の分身が作れるんだろう?」
「鑑定紙を見たところ、先ほどのクルスちゃんの攻撃で、200ほどHPが減っているのです。仮説が正しい場合、200減る毎に分身が出来ると思うのです」
「HPが回復した場合、分身は消えるのかな?」
「それはどうか分からないのです」
二人が能力について考察をする。
「あの分身がどちらも同じ力を持っているとしたら、中々脅威じゃのう。よし、続きをやるのじゃ」
クルスは楽しそうな表情をして、今度は自分から攻撃をしかける。
ギルは二体同時に動いて、攻撃をかわす。
そして、まず一体が正面から、二体目が後ろから、体当たりをする。
挟み撃ちにもクルスは難なく対応し、正面から
来たギルを攻撃し、それが当たる。
すると、分身が増える。三体になった。
「分身の動かし方が、徐々に分かってきました」
ギルの宣言どおり、前よりもうまく連携が効いている感じで、動き回り、クルスに攻撃を仕掛ける。
三体からの攻撃も、クルスは何とかしのぐ。
まだ余裕はあるが、攻撃したら数が増えるだろうから、下手に攻撃ができなくなった。
「一撃で倒すくらいの、本気攻撃をやってみてもよいか?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「そうじゃろうなぁ。仮にやっても倒せるか分からんし……」
クルスはどうしようかと考え込む。
「あー、もう勝負はここまでで、いいと思うのです。ギルちゃんの強さは分かったのです」
「そうだね。じゃあ、勝負はここまで」
「ぬー」
「「「かしこまりました」」」
リックの命令に従い、ギルとクルスは戦いを中止した。
「消化不良じゃが中々楽しめた。またやろう」
「「「お断りします。同じダンジョン内の仲間で、戦っても益はありません」」」
「な、なぬ!? そう言わずにじゃな!」
ギルは、クルスの戦いの誘いには乗らないという態度を崩さなかった。
その後、HPが自動で回復していくに従い、ギルの分身は一体ずつ消滅していった。HP消費で分身が出来るという予想が正しい可能性が、さらに高まった。
そして、ギルの合成に成功したことで、リックは赤叡山のダンジョンに攻めることを決意した。
〇
「さて、赤叡山のダンジョンへ向かおうか」
ギルを合成した日から、三十日後。
リックはダンジョンを出る準備をしていた。
ダンジョンを出る魔物は、SSランクのクルス、シロエ、ギル。それから相手のダンジョンをよく知っているベリアス、ベリアス以外の精鋭となったSランクの魔物を十四体、計十八体で行くことになった。
「ご主人様も、一緒にダンジョンに行ってみてはいかがですか? 指揮をする者がいたほうが、やりやすくなるのです」
「え? あー……そういえばマスター憑依が出来るとか言っていたね」
だいぶ前に言われたことであるが、リックは記憶力が良かったので覚えていた。
マスター憑依とは、魔物に自分の意識を移して、自分の体を操るように魔物の体を操ることが出来る。
「でも、マスター憑依って僕が操っている魔物が死んじゃったらどうなるの?」
「その場合、魔物は死ぬのですが、ご主人様は無傷なのです」
「痛覚とかどうなるの?」
「痛みは感じるのです」
「そっかー。まあ僕も勇者パーティーにいたからね。痛みにはそこそこ慣れてるよ。出ている間、僕の体はどうなるの?」
「眠った感じになるのです。その間はご主人様の体は時が止まったみたいになって、ご飯を食べたり何もする必要がなくなるのです」
「それなら安心だね。僕が行っている間、このダンジョンの指揮は誰がとるの?」
「私がとるのです。ご主人様が、このダンジョンに残る魔物たちに、自分が外に出ている間、私の言うことを聞くよう命令していただければいいのです」
「分かったそうするよ」
リックは、ダンジョンに残る魔物たちに、自分が外に出ている間は、ユーリの命令を聞けと命令した後、マスター憑依を行う。
時間は外に出る時間と同じく一ヶ月。必要なDPはこれも魔物を外に出すのと同じく3万DPである。
リックが憑依するのに選んだ魔物は、エンペラーゴブリンである。体格が比較的リックに近いため選んだ。
「凄い動きやすい……力も強いし……」
リックはエンペラーゴブリンに憑依して、その動きを確認して、自分との身体能力の違いに衝撃を受けた。ちなみにゴブリンの声は非常に野太く、それにも違和感を感じていた。
「むー? おかしいのじゃ。エンペラーゴブリンなのに命令を聞かねばならんような気がする」
クルスが、リックの入ったエンペラーゴブリンを見て、そう言った。
「ああ、中に僕が入っているからだと思うよ」
「ぬぬぬ? 父上が中に入っておるのか?」
クルスは戸惑うが、最後は受け入れた。
その後、ダンジョンマスタールームに、外に出る魔物たちが集められる。
ダンジョンの外に出るには、ダンジョン脱出札というのを頭に貼る必要がある。頭に貼った瞬間、札は吸収されて消える。
外に出る全員分の札を作り、それを貼っていった。
「あ、そうそう忘れては行けないのです。契約書をちゃんと持っていくのです」
リックは敵のダンジョンマスタールームまで行った時、倒すのでなく契約をするつもりでいた。
月にダンジョン収支の半分を貰うという契約をしてくるつもりだ。
相当きつい契約だが、追い込まれた状況になれば、飲まざる得ないだろう。
赤叡山のダンジョンはSランクで、毎月かなりのDP収入があるはずなので、半分も貰えるようになるのは、かなり大きい。
リックは契約書をきちんと持つ。
「じゃあ、行ってくる。留守番よろしくね」
「はい、行ってらっしゃいなのです」
リックは魔物たちを引き連れて、ダンジョンを出た。
〇
赤叡山のダンジョン、ダンジョンマスタールーム。
「よく来てくださいました」
ダンジョン精霊のミレイが、二体の大柄な魔物に首を垂れた。
二体の魔物は、外見は巨大な鬼である。大きな角を額から生やし、目つきは鋭く恐ろしい。全身筋肉の塊のような見た目である。
どちらとも同じ顔、同じ体つき身長であるが、唯一体の色だけが違う。
右側に立っている方が赤色で、左側に立っている方は青色だ。
リックたちがダンジョンを強化している間、ミレイは黙って何もしていないわけではなかった。
いずれ必ずリックのダンジョンから攻めてくると、確信を持っていていたため、ダンジョン内の防御力をあの手この手を使って高めていたのだ。
ただ、魔物の卵を作って、自前で強い魔物を作るというやり方には、はっきり言って限度がある。
ミレイは、一方的にやられたことから、リックのダンジョンにSSランクの魔物がいる可能性が高いと、読んでいた。Sランクの魔物とSSランクの魔物には、大きな力の差があり、勝つにはSランクの魔物を、それこそ数百体用意しないといけない。
魔物の卵を使って、それだけの数を用意するのは、ほぼ不可能である。
SSランクの魔物を作るというのも、非常に難しい。SSランクの魔物は魔物の卵からは、絶対に出てこない。Sランクの魔物を訓練させた時、物凄い低確率でSSランクに進化することがある。
そうそうあり得ることではなく、少なくともリックたちが攻めてくると予想されてる期間内に、SSランクの魔物を作り出せる可能性は、ゼロに近かった。
ミレイはそのため、もっと確実な手段を取った。
ほかのダンジョンへ救援を求めたのである。
色んなダンジョンと交渉をして、契約書をかわした。
ミレイはSSランクの魔物がいる、SSランクダンジョンへと赴き、契約書をかわして、三年間、魔物二体を譲渡する代わりに、期間中に取得したDPを全て渡すという契約である。
契約書には、当然、契約期間中はお互いのダンジョンを攻撃してはいけないとか、契約終了度、契約期間中の記憶を指揮権を譲渡した魔物は忘れるだとか、抜かりがないよう、きちんと条件をつけて行った。
三年の間に敵が来なければ、ミレイは契約を延長するつもりでいた。
「契約期間中は、お前に従おう」
「必ず外敵を倒すと約束する」
「お二方がいれば怖いものはありません」
この二体の魔物は、知る人ぞ知る、伝説の魔物である。
その強さは強力無比である。
ミレイは絶対に破られてはいけない、ダンジョンマスタールームにこの二体を配置した。
ほかにも援軍が欲しかったが、この二体が限界であった。
(まあ、しかしこの二体がいれば何とかなりますか)
ミレイは慎重な考えをするタイプではあるが、それでもこの二体が負けることがあるなどと、思っていなかった。
この時点では、肝を冷やしたが何とか守りきれる体制が出来たと思っていた。
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