第二十五話 赤叡山のダンジョン
赤叡山(せきえいざん)のダンジョン。ダンジョンマスタールーム。
Sランクになる程、高位のダンジョンは、ダンジョンマスタールームが限界まで拡張されており、かなり広い。
そのダンジョンマスタールームの一番奥。
「例のダンジョンの件はどうなった?」
天蓋付きのベッドの中から、問いかける声が聞こえた。
「無視されております」
ベッドの前に立っている女が、その問いに答えた。
女と言っても人では無い。
背中から半透明の青い羽が生えている。
彼女はこのダンジョンの、ダンジョン精霊だった。
「気に食わんなぁ。出来立ての青二才のダンジョンが生意気な。ミレイよ。いつものようにお主に任せる。捻り潰してこい」
「ローズ様の御意のままに」
ミレイと呼ばれたダンジョン精霊は、深々と頭を垂れる。
そして、主命を果たすべく素早くその場を後にした。
赤叡山のダンジョンは、その名の通り赤叡山に作られたダンジョンだ。
標高3000mを超える赤叡山の頂上付近に入り口がある。
高く険しい山で、ダンジョンに入る事もままならない。
その為、ほとんど冒険者や魔物が侵入してこない。
それなのに、Sランクまでダンジョンランクを上げれているのは、単純に大昔から存在しているダンジョンだからだ。出来てから既に数千年が経過している。
少しずつだが、着実にDPを稼いで来て、長い年月をかけてSランクまで上り詰めてきた。
そんな、このダンジョンのマスターは、引きこもり癖がある。
その為、ダンジョンを運営する為に必要ないくつかの権限を、ダンジョン精霊であるミレイに委任していた。
権限を他者に委任するにはマスターが誰々に委任すると言ったら、簡単に委任できる。
解除するのも、委任を解除すると言えば簡単に解除される。
権限の委任は全ては出来ないが、魔物への命令権、DP消費決定権の二つは委任が可能だ。
ミレイはマスターからその二つの権限をを委任され、実質的にこのダンジョンのマスターとなっていた。
(さて、無視される事は予想通り、次は)
ミレイはダンジョンマスタールームにある、大きな棚の前に立つ。
棚にはたくさんの紙の束が置かれている。
この紙は全て通信紙だ。
ミレイは紙の束を一つの手に取りめくる。
通信紙には、魔物の血が付いている他、魔物の名前や詳細なステータス、スキルなどびっしりと書かれている。
ミレイは1枚の通信紙を紙の束から取る。
そして、その通信紙に向かって話しかけた。
「べリアス。今からダンジョンマスタールームに来なさい」
少し時間が空き返答がある。
『行かねーと駄目なのか?』
「渡したいものがある。私はこの部屋から出られない」
『分かった。今から行くわー』
その返答があってから数秒後。
「おいーっす」
現れたのは、Sランクの魔物エンペラースモールオークのべリアス。
子供くらいの身長で、性別は男。豚っぽい顔をしているが、結構見た目は人間に近い。
頭に大きな冠を付けている。
エンペラースモールオークはスモールオーク種の最上級の魔物だ。
スモールオークは、通常のオークより遥かに小さく、人間の子供以下の身長しかない。
体型も二頭身で一見、間抜けな生物に見えるが、意外と危険視されている魔物である。
理由は、知能が普通のオークより遥かに高く、悪知恵がきくからだった。
特にエンペラースモールオークまでにもなれば、普通の人間よりも知恵では上回るくらいだ。
「ミレイちゃんがオイラを呼んだって事は、遂に侵攻が始まるのか?」
「そう」
「やっぱりそうかー。じゃあさーオイラが出撃する前にさ。その大きなおっぱいを一回揉ませて……いや、冗談冗談、そんな怖い顔しないでよ」
「次、その程度の低い冗談を言った場合、命はないと思いなさい」
「は、はい」
冷徹な表情で言われてべリアスは縮こまる。
「で、渡したいものって何?」
「これ」
ミレイは棚から分厚い紙の束を取り出し、それをべリアスに渡した。
「何これ?」
ポカンとした表情でべリアスは尋ねる。
ミレイは一切表情を変えずに、
「この指示書に侵攻での動きが全ては細かく書かれている。3日間で全て覚え出撃しなさい」
「ちょ、ちょっと待ってくれや。オイラの頭でその量を3日間で覚えるのは、きついっていうか……」
「覚えなさい。通信紙は離れすぎると声を届ける事が出来なくなる。第1侵攻隊の隊長であるあなたが、侵攻の指示を全て出す事になる」
「い、いやそれは分かるけど、でも……」
「覚えなさい」
「や、だから……」
「覚えなさい」
「お……」
「覚えなさい」
「…………はい、分かりました……」
ミレイのプレッシャーに押されて、べリアスは了承の返事をした。
「分かったら今すぐ、準備」
「へ〜い……」
べリアスは不満そうに返事をして、準備に向かった。
ミレイは棚から再び紙を取り出しながら、
「さて、勇者を倒した力がどんなものか……」
そう呟いた。
〇
「あのーご主人様、ちょっといいですか?」
ユーリが困ったような表情で、リックに話しかけた。
リックはいつものように錬金術の研究を行っていた。
「何だろう?」
「えーと……DPなのですが……だいぶ少なくなって来ているというか、もうほとんど残されていないのです」
「え? 残りどのくらい?」
「1000DPくらいなのです」
「えー? まだそんなに経ってないのに、だいぶ減ったね」
リックが錬金術で使う素材の作成の為、だいぶDPを消費してしまっていた。
「うーん、困ったね。じゃあこれ以上の研究をするには、時間が経つか、侵入者が来るのを待つしかないのか」
「人間はもうしばらく来ないと思うのですが、この前、手紙と契約書を持って来たダンジョンから、魔物が来る可能性は考えられるのです」
「そうかー……Sランクのダンジョンって書いてあったから、強い魔物が来るんだろうねー」
「まあ、クルスちゃんとシロエちゃんがいれば大丈夫だと思うのですが……それより、ご主人様……なんか見たこと無いものがあちらこちらに散らばっているのですが、それは錬金術で作った物なのです?」
リックの周りには、何やら球体やら変な色のポーションだとか、見慣れない物が置いてあった。
「僕も賢者の石の研究だけしてたかと言うとそうでもないし、戦いに使える物も作ってたから、この辺に散らばってるのはそれだねー」
「へーそうなのですか。この球体は何なのですか?」
「これはゴーレム球だね。強いゴーレムを作るにはこうやって核となる球体を作っておく必要があるんだ」
「ゴーレムなのですか。ではこちらの禍々しい色のポーションは?」
「それは、再生ポーション。飲むとしばらくの間、瞬時に傷が回復するようになるんだ。凄まじい効力があるけど、副作用が酷く効力が切れた後の3日間動けなくなってしまうんだ。使い時は考えて使わないと、悲惨な事になるよ」
「う、動けなくなるのですか……じゃあ、この四角い箱は?」
「これは地雷だね。踏んだら大爆発するから、扱いに注意。ダンジョンのどっかの部屋の地面に埋めておかないとね」
「そ、そんな危険な物を無造作に置いておかないでくださいなのです……さっさとどっかの部屋に仕掛けて来るのです」
「そうだねー」
地雷は1階の迷路に仕掛けた。
「さて、誰か来てくれるといいんだけど……」
「そうなのですねー」
2人は悠長にそんな事を言いながら監視玉を眺めていると、
「あ! 何か入って来るのです!」
本当に侵入者がやって来た。