第四十四話 白魔導の力
パーナマイト城、地下室。
「……これですべてそろった」
怨念球の力を手に入れるため、エマは儀式の準備を行っていた。
魔法陣を描き、その真ん中に怨念球を置く。その周辺に、マナから採った血、ドラゴンの心臓、高位翼族の血、つまり自分の血を置いていく。
怨念球が作られたのは今より千年以上も前の話だ。
当時は第一次人魔大戦が行われている頃である。
四対八枚の翼を持つ、英雄的な翼族がいたが、その者は悲劇的な死を遂げた。
その翼族は、怨霊となり死んだ地域一帯に災いを振りまいていたため、ほかの翼族が封じ込める。
その翼族は精霊が使う術を教わって、それで怨霊を封じ込めた。その術は精霊術と呼ばれている。
怨霊を封じ込めた球を怨霊球と呼んだ。
ポーラハム神殿を作り、そこに怨霊球を納める。誰かに取られたりしないよう、土の精霊ドンダを守護者として契約をした。
さらに、自信の弟子にもポーラハム神殿の守護を任せ、彼らは代々精霊術を受け継ぎ、神殿を守ってきた。
精霊術は門外不出の術という掟があったため、ポーラハム村がプラニエルに襲われ壊滅した現代では、使える翼族はエマただ一人である。
そのエマも、完全に習得する前に村を出たので、使えると言っても少ししか使う事は出来ない。戦闘では使えるレベルに達していないので、使う事はほとんどなかった。
この怨霊球を持ち出してその力を使うというのは、ポーラハムの一族にとっては禁忌である。
しかし、その禁忌を破ってでも、人間たちに復讐しなくてはならないとエマは思っていた。
儀式を行う準備は完全に整っていた。
怨霊球の力を得る儀式は、材料さえあれば手順は誰でも出来るほど簡単だ。今すぐにも行う事は出来る。
しかし、エマは躊躇していた。
(マナ……)
転生してまでマナが自分を追ってきていた。
この時代にも、マナがいるという事実が彼女の決断を鈍らせていた。
もう一度転生してから、やるかと考えるが、仮にそうしてもマナもまた転生をするだろう。
そう確信があった。自分の事を覚えていなかったようだが、引継ぎのペンダントを使えば記憶も戻るだろうというのは、エマも知っていた。今頃記憶を取り戻しているだろう。
何度転生してきても、マナは追ってくる。エマはそう確信があった。だから、儀式をするかしないかを選ぶしかない。
【殺せ、人間どもを殺せ】
エマの脳内に声が響く。
ポーラハム村の人たちが殺されてから、ずっとこの声を彼女は聞いてきていた。
最初はラプトン将軍、彼を殺した後は、プラニエル二軍、それも殺し尽くした後は、人間を殺せと声が聞こえ続けている。
(マナ……マナ……)
マナのためこの儀式をやるべきではないと、エマに残された僅かに正常な部分が全力で主張していた。
【殺せ! 人間を殺せ!!】
しかし、その主張を声がかき消す。
儀式をやめるか、このまま行うか。
決断の時は迫っていた。
(私は……マナが……)
【殺せ!! 殺せ!! 人間を殺せ!!】
(マナが……)
【殺せ!! 殺せ!!】
〇
マナたちはパーナマイト城を目指して、進軍していた。
少数で行くという事はせず、ポーラハム神殿に行った全員でパーナマイト城を目指す。
マナは白魔導士で、自分で戦うのも得意だが、他人を強化するのも同じくらいに得意だ。
大勢を一気に強化することも出来るため、なるべく味方は多いほうがいい。
パーナマイト城は、神殿がある場所から結構距離がある。
兵たちはかなり疲労していたのだが、ここで取り戻したマナの魔法が力を発揮する。
「エナジー!」
マナがそう言って魔法を使うと、全員の疲労が瞬く間に吹き飛んだ。体力を回復する魔法である。本来は千人もの人数の体力を回復することなど、不可能であるがマナなら可能であった。
「これで皆動けるね」
「す、凄い。いきなり疲労が回復した」
「魔法とは便利な物なのじゃな……」
ジェードランとケルンが感心している。
「マ、マナ様の力が体に流れ込んで……そう考えると何だかいけない気持ちに……」
相変わらず気持ち悪い反応をするハピーを見て、こいつには魔法使いたくないと率直に思う。実力は間違いなく高いので、そういうわけにもいかないが。
マナはそのあと、さらに全軍に『ゲイル』の魔法を使った。これは疾風のように、スピードを上げる魔法である。
通常、これだけの人数に魔法を使えば、魔力が枯渇するものだが、マナはまだまだ平気であった。
完全に疲労を回復し、さらに行軍速度を大幅に上げた軍勢はパーナマイト城を目指した。
〇
マナたちは、パーナマイト城付近にある砦などを全てスルーして、パーナマイト城付近に到着した。
あまりに速度が速いので、後ろから襲い掛かったりすることが不可能なので、砦にいる兵士たちも、マナたちをスルーしか方法はなかった。
高速で移動し、さらに森にいるため、パーナマイト城の者たちは自分たちの存在に気付いていないと、マナは予測していた。
「しかし、反則だなこれは……さぞ、お前が所属していたプラニエルとやらは、大活躍したんだろう」
「うん、あんときはエマもいたし、ほかにも強い人間が集まってた隊だからね。数は五百人くらいだけど、1万人以上の軍隊に勝ったりしてたかなぁ。野戦で」
流石に戦力差二十倍を覆せるのか疑問に思うジェードランだったが、マナとエマの能力を知っている彼は、あり得ない話でもないと思った。
「それで、どうやってパーナマイト城に攻め入るかのう……」
「そりゃ正面突破だよ。それが一番早い!」
「マ、マナよ。それは些か短絡的じゃぞ。もっとよく考えて攻めねばならん」
「じゃあどうすえばいいの?」
「そうじゃな……城に忍び込んで、お主のスキルを使い、パーナマイト城の者たちの多くを味方にすればいいと思うのじゃ」
「なるほど……そうすれば確かにエマの味方を減らすことが出来て、止めやすいかもしれないね」
無策で攻めるより何倍もいい作戦だとマナは思った。
マナとケルンの会話を着ていたジェードランが、怪訝な表情で質問をする。
「待て、スキルとはなんだ」
「あー」
尋ねられて、スキルの説明をしていなかったと思った。
マナはスキルの説明を行った。
「お、俺はそんなもののせいで従わされていたのか……?」
ショックを受けるジェードラン。
「不思議とからくりを聞いても、逆らおうという気にはなりませんね。はぁー……何とも恐ろしい力です」
カフスはため息を吐きながら呟いた。
「ま、待って下さい。私のマナ様への思いはスキルによるものだったのですか?」
焦りながらハピーは尋ねる。
「アンタは元からやたら高かったから、スキルのせいだけじゃないと思うよ」
「そうでしたか。でもスキルだったとしても別にいいですよね。マナ様を思う気持ちに嘘はありません。だから、これからもマナ様を四六時中拝んでいます」
「それはやめなさい」
ハピーの遠回しなストーカー宣言を、冷たい表情でマナは却下した。
「じゃあ、私一人で潜入してくるから。皆はここで待機してて」
「な、なんじゃと!?」
「一人で行くのは危険すぎますマナ様!」
心配した皆は、マナが一人で潜入するというと全力で止めに入る。
「大勢でぞろぞろ行ってら潜入の成功確率が下がるでしょ。アタシは一人でも大丈夫だから」
「そ、そう言ってもじゃな……」
「潜入に役立つ魔法も使えるし、大丈夫だから。皆ここで信じて待ってて」
信じてといわれると、弱いので何も言えないようで、それ以上の反論はなく、マナ一人で行くことが決定した。
「じゃあ行ってくるよ」
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