第三十七話 前世の記憶②
「あいつは何なんだ……」
自室の中、ベッドに横たわり一人エマは呟いた。
プラニエルに入隊してから、エマはマナに頻りに話しかけられていた。
その度に無視するのだが、しつこく話しかけられるので、正直戸惑っていた。
「今度来たら、もっと厳しく接してやろう……私は人間は嫌いなんだ」
自分の父親など一部例外はいるが、基本的に人間は嫌いだった。会うたびに敵意を剥き出しにされて、好きになる方がおかしい。
ただ、憎いとも思っていなかった。人間が一方的に翼族を嫌い憎んでいるのではなく、ほとんどの翼族も人間を嫌い憎んでいた。あくまでお互いさまであると、冷静に見ていた。
(そしてハーフである私は、人間からも翼族からも嫌われている……私の居場所はあそこしかない)
彼女の故郷は、珍しく人間を嫌っていない翼族たちが住んでいた村だった。人間である父親はその村の翼族と恋に落ち、エマを生む。村人たちはエマも父親も追い出すことはせず、仲間として村に受けいれ、ここに来る前まではそこで暮らしていた。
幸せに暮らしていたのだが、ここに来ることになってしまったのには、どうしようもない理由があった。
「お邪魔しまーす!!」
ここ数日一番聞いている甲高い声が聞こえたあと、いきなり部屋の扉が開いた。
マナは了承を得ず、エマの部屋に侵入し、いきなり自室のようにくつろぎ始めた。
「何をしている」
「お邪魔してます」
「そんなことは見れば分かる! 私はお前が部屋に入ることを了承した覚えはないぞ!」
「えー? アタシの地元では皆こんな感じだよ」
「お前の地元がおかしいんだそれは。部屋に入る前は了承を取れ」
極めて常識的な指摘をエマはするが、マナは不満げな表情である。
「えー、アタシとエマの仲じゃん」
「いつ私とお前が仲良くなった」
「毎日話してんじゃん」
「話してない。お前が一方的に喋りかけてくるのを、私が無視していただけだ」
「そ、そんな事ないでしょ」
と言いながら、マナは今までの記憶を振り返る。
「……あれ? 言われてみればそうかも」
「言われる前に気付け」
「で、でもこうして話しているってことは、もう親友みたいなもんだよね!」
「何でそうなる。今すぐ出ていけ!」
強い口調でエマはいうが、マナは出ていかない。
「隙あり!」
そう言って、エマの背後に回り込み翼を撫でた。
「一回触ってみたかったんだよねー」
「ひゃっ! やめろ! くすぐったい!」
「え? 翼って触られるとくすぐったいの?」
「そ、そうだ。だから触るな」
マナは目を光らせて、にやりとし、
「弱点発見!!」
と言いながらエマの翼を両手でくすぐり始めた。
「ひゃははははは! や、やめろ!」
エマは顔を赤くして涙目になりながら、くすぐったくて笑う。
楽しくなってきたマナは調子に乗ってくすぐり続けた。
「ひゃは……ちょ……調子に乗るな!」
エマは何とかマナを取り押さえて、押し倒し、馬乗りになる。マナは動けなくなった。
「私はやられっぱなしというのが嫌いなんだ」
「ひ……」
エマは両手をワキワキと動かす。
「笑い死ね」
「や、やめー!!」
その後、マナは脇の下や足の裏など、弱い部分を徹底的にくすぐられ、数時間の間、エマの部屋にマナの笑い声が響き続けた。
「も、もうだめ~……」
「ふん、図に乗るからだ」
笑い疲れてマナはダウンし、エマもそれを見てくすぐるのをやめる。
「……って私は何を相手しているのだ! 無視するつもりだったのに、結果一緒になって遊んでしまった!」
ここにきてようやく気付く。
早急にマナを追い出そうとするが、
「ぐーぐー、アタシの色気に皆メロメロ……」
と虚しい寝言を呟きながら寝ていた。
「おい、起きろ。自分の部屋で寝ろ」
起こそうと、大声を出したり、体をゆすったり、頬を叩いてみるが一向に起きない。
「……はぁ」
仕方ないので、エマはマナを部屋のベッドに寝かせた。
「本当に妙な奴だ……」
エマは、マナの寝顔を見てため息を吐きながらそう呟いた。
その時、ほんの少しだが仲良くなってもいいかもしれないと、思い始めていた。
〇
翌日。
いつものように訓練が終わった。
エマは相変わらず、マナ以外の隊員には無視をされていた。
慣れたものなので特に気にはならないはずだが、その時は少し違った。
「マナさんさぁー、あの翼族と仲いいよね」
「昨日、翼族の部屋からマナさんの声が聞こえてきたんだそうだ」
「本当? 翼族と仲がいい奴が、この隊に所属していいの? 人間の敵じゃない?」
マナの陰口が叩かれているのを耳にした。
(これが普通の感覚だ。私は半分は人間の敵である翼族だ。そいつと仲良くする奴は、当然疎まれるだろう)
「別にあいつが仲間から嫌われようが、私には関係ないことだ……」とエマは呟いたが、本心ではそう思っていなかった。
今度からは、もっと厳しめにマナを遠ざけようと決めた。
「おはようエマ! 昨日は楽しかったね!」
早速マナが現れ、エマに声をかける。
エマは決めた通り、鋭い目つきでマナを睨み付け、
「失せろ」
そう言った。
「えー? ひどい……昨日はあれだけ組んず解れつしたあと、一緒に寝たって言うのに……」
「ご、誤解を招くような言い方をするな!」
エマは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「とにかく私には金輪際近づくな。私は人間が嫌いなんだ」
そう言い残して、エマは自室に戻った。
その数時間後。
「お邪魔しまーす!」
昨日に引き続き、マナがエマの部屋へと侵入してきた。
「おい、何で来た。さっき行ったことを忘れたのか」
「さっき言ったこと? ああ、許可を取ってから入れって奴? ごめん忘れてた」
「それじゃない! それも忘れるなと言いたいところだが、それは昨日言ったことだ! 金輪際近づくなと言ったはずだ!」
「あ、そうそう、聞きたかったんだけど。コンリンザイってどういう意味?」
「……」
エマはもっと分かりやすい、簡単な言葉を使うべきだったとがっくりと肩を落とす。
「もう二度とという意味だ」
「へー、じゃあ、コンリンザイ近付くなっていうと……つまりもう二度と近付くなって意味なんだ! ……っえ!? 何で!?」
ここでようやく、マナは絶縁を突き付けられていたという事を知った。
「私は人間が嫌いだからだ」
「人間のことは嫌いになっても、アタシの事は嫌いにならないで!!」
「それ逆のような気がするぞ!? 人間が嫌いということは、お前も嫌いなんだよ!」
「そ、そんな、昨日はあんなにアタシの事をぐちゃぐちゃのめちゃめちゃにしたのに」
「だから誤解を招くような言い方をするな!」
再びマナのペースに巻き込まれそうになったエマは、一度呼吸を整え、マナを睨み付ける。
「とにかくもう私の部屋には来るな」
「イヤだ! アタシ、エマと仲良くなりたい!」
マナは、至近距離まで距離を詰めて、そう言った。あまりに近くにマナの顔があるので、エマは思わず顔を赤くする。
「な、何でそんなに私と仲良くなりたい。お前、人間の仲間から疎まれているのを知らないのか?」
「知ってるよ。アタシ耳いいから。でも、エマと仲良くしたくらいで、文句言ってくる人たちと仲良くしたくない」
マナは、エマの瞳をまっすぐに見据えてそう言った。嘘や強がりではなく、心の底からそう思っていた。
「アタシ、昔魔族に助けられたことがあるの」
「何?」
「一人で歩いて迷子になっていたら、アタシ大きな龍に襲われて食べられそうになったんだ。その龍を鬼族とか、翼族とか……獣族もいたかも。魔族たちの集まりが倒してくれた。それまでアタシは魔族ってのは、怖い奴らって思ってたから、助けられた瞬間は龍じゃなくて魔族に殺されると思ったんだけど、その魔族たちは良くしてくれて、アタシを自分の村まで送ってくれたんだ。その時、魔族と色々話して、人間も魔族は本当はそんなに変わらないって思ったんだ」
マナは遠い目をして、過去の記憶を語った。
「その時、魔族の子といつか仲良くなりたいと思っていたの。だからアタシはエマと仲良くなりたい」
直球の思いを伝えられ、エマは照れながら目を逸らす。
「何で魔族を敵視していないのに、お前はこの隊にいるんだ」
「それは……家族を人質に取られているから……本当は戦いたくなんてないのに」
それを聞いて、エマは自分と同じだと思った。
自分がここにいる理由は、決して誰にも話さないつもりでいたが、話したいそう思った。
「私と一緒だ。私は家族だけでなく、故郷の者たち全員を人質に取られているんだ」
エマは、マナに自分の境遇を語り始める。
「私の故郷は人間と魔族の国の国境付近にある。比較的人間を憎んでいない翼族の住んでいるポーラハムという小さな村だ。神殿の近くに住んでいるから、神殿守(しんでんもり)の一族とも呼ばれている。私の父は将軍の弟で、偉い人間だったが、戦をすることが嫌で逃げ出し、その村で私の母と出会ったんだ」
「それでエマが生まれたんだ」
「そうだ。最近まではそこで暮らしていたが、突如将軍の軍勢が来て、父とそれから私を強制的に連行した。村が人質になっていたから、従わざるを得なかった。最初は翼族と人間のハーフという、忌まわしい存在である私を殺そうと思って連れてきたのだろうが、私が八翼を持つ強者だったから、有効活用することにしたのだろう」
エマは諦めたような表情で呟いた。
抵抗することを諦めたものの表情だった。
似たような境遇のマナは、エマの気持ちが痛いほど分かった。
「エマも、本当は戦いたくないんだ」
「当然だ。村を連れていかれてから、いかに人間が私を嫌っているのか、よく分かったよ。そんな連中のために戦うのなんてごめんだが……仕方ないことだ」
「アタシと一緒だね」
マナは少し悲し気な表情を浮かべたあと、打って変わって満面の笑みを浮かべた。
「アタシたちさ、確かに今はつらい境遇だけどさ。それもちょっとでも楽しく過ごそうよ! そうじゃないと勿体ないよ! だからさ、エマ、友達になろう!」
マナは、エマに向かって手を差し出した。
暗い話をしているなか、いきなり明るくなったマナに、エマは呆れたが、同時にそれがマナの魅力なのだと痛感した。
エマは、マナの顔と手を見て、そのあとゆっくりとマナの手を取り握手を交わした。
「よろしくな。マナ」
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