第十九話 衣装
「ケルンは来るみたいで良かった。でも、パーティーの開催まで結構時間があるから、それまでなにしとこ」
ケルンの返事が来たのは、手紙を送ってから十日後だ。
パーティー開催はあと二十日後である。
それまで何をするべきか、マナは悩んでいた。
(記憶を取り戻すためにやれることは、今のところはもうないし。城の中で大人しくしとくかぁ~)
そう思って部屋の中で、ベッドに寝そべりぐーたら過ごしていた。
「マナ様!! 衣装を入手しましょう!!」
大声でハピーが部屋の中に入ってきた。
「うるさい」
あまりも大きな声だったので、不機嫌な表情でマナは注意する。
「も、申し訳ありません。しかし、パーティーが開催されるという事で……いてもたってもいられず」
「衣装とか言ってたけど、アタシは服は何着かもってるから」
「パーティー用の衣装はないとお見受けします。やはりパーティーに参加するのなら、マナ様のその魅力を存分に伝える衣装を身に着けなければ……」
「えー?」
前世では服などまるで興味のなかったマナは、正直面倒だと思った。
現在マナが身に着けている服も、決して悪い服ではない。
シルク生地の白いワンピースだ。
特別なデザインはされていない、シンプルな服であるが、どちらかというとド派手な服よりこっちの方がいいと思っていた。
「別にこの服でもいいじゃん」
「確かにその服も、色が白くマナ様の芸術品のような白い肌にマッチしており、悪くはありません。しかしながら、もっとマナ様の魅力を引き立てる服があるはずです。そういう服をお召しになれば、パーティーに来られた貴族たち全員が、マナ様の美しさに見惚れ敬うようになるはずです」
「ならないから。世の中、アンタのようなロリコンだらけじゃないから」
マナは否定するが、見た目に気をつかえば好感度も上がりやすくなるかもしれないと、内心もっといい服を着るのもありかもと思っていた。
(パーティーの日までやることはないしね……まあ、ハピーは明らかにやましい理由で衣装を入手するよう勧めていると思うけど)
ハピーは自分が見たいから勧めているのだと、マナは思っていた。
「衣装はどこで手に入れるの?」
「お、衣装を入手する気になりましたか! 近くの町ファマートに、腕のいい仕立て屋がおりまして、その者に製作を依頼すればいいでしょう」
「アタシ人間なんだけど、翼族の服着れるかな?」
「翼族の衣装は、翼があるので背中が空いてますが、人間にもそういうデザインの衣装はございますでしょう? 問題ありませんよ」
「そう言われるとそうだね……翼族と人間はそれ以外、違いはないし」
服を買えるという事にもだが、城の外に出て近くの町に行くという事にも、マナは惹かれた。
城の中にずっといては、正直息が詰まる思いだったので、たまには外に出たいと思っていたのだ。
「じゃあ、行こっか」
「おお! 行く気になられましたか! それでは早速準備をしてまいります!」
ハピーは部屋を出て、大急ぎで出発の準備を開始した。
〇
バルスト城からファマートまでは、馬車を数時間ほど走らせれば到着する。
「それでは出発しましょうか」
マナに同行するのは、ハピーと馬車の運転手一名だ。
護衛はハピー一人である。
「アンタ一人で大丈夫なの?」
「ファマートは治安も良く、向かうまでの街道にも盗賊が出たという話などないので、護衛は一人で十分です。まあ、仮に治安が悪くても、私一人でお守りしてみせますがね」
ハピーはそう豪語した。
実際、単純な実力だけならば、バルスト城の中でもカフスに次ぐ三番目にハピーは強い。
翼族のほとんどは一対二枚の翼で、そこからハピーのように二対四枚の翼に増やせるものは、そうはいない。
二対四枚の翼を持つというだけで、翼族の中では一目置かれる存在になるのだ。
マナとハピーは馬車に乗り込む。
「あの、マナ様……馬車は揺れますし、椅子は硬いですので、お尻が痛くなるかもしれません。私の膝に座ってください……」
ハピーはポンポンと自分の膝を叩く。
マナは無表情でハピーを見て、隣に座った。少しハピーはシュンとする。
馬車がファマートを目指して、出発した。
道中外の景色をマナは楽しむ。
転生してからバルスト城の外に出たことはなかったので、自然や、そこにいる野生動物を見るだけで楽しむことが出来た。
街道はハピーの言葉通り平和そのもので、危険な目に遭う事はなかった。
予定通り数時間で目的地に到着した。
ファマートは比較的小規模な町で、さらに古くからあるのか、建物はだいぶ古びていた。
(なんか結構見られてるね)
アミシオム王国は翼族の国だけあって、町に住んでいる人の多くは翼族だ。
特に最近は、人間を排他しようとしようという動きを飛王が行っているので、人間の数は減少の一途をたどっている。
このファマートは、小さな町なので元々人間が住んでいなかったので、人間に対しては、好感も嫌悪感も抱いておらず、物珍しそうな目でマナを見ていた。
「こっちです」
ハピーの案内で仕立て屋のいる場所まで向かう。
「そういや、アンタお金持ってきてるの?」
「ジェードラン殿お願いしたら、大金を頂きました。これだけあればどんな衣装でも作れますよ」
「金はあるか……あ、でも衣装ってそう簡単に作れるわけじゃないでしょ? パーティー開催までそんなに時間があるわけじゃないし、作るれるの?」
「今から行く仕立て屋は、腕も一流なら速度も一流です。優先して作っていただくには、通常よりお金がいるでしょうが、ジェードラン殿から頂いたお金は本当に多いですので」
何でジェードランが大金をくれたのかマナは疑問に思う。貯えはあまりないと、言っていたはずである。
「マナ様がどうしても新しい衣装を欲しがっていると言ったら、気前よくお金を出してくれましたよ」
「アンタ、嘘ついてもらってきたんか!」
どうしても欲しいとまではマナは言った覚えはない。
大金がかかるのならいらないのだが、ここまで来た以上断るわけにもいかない。マナはため息を吐いて、心の中でジェードランに謝った。
「ここが仕立て屋ですよ」
洒落たデザインの建物を指さして、ハピーがそう言った。
その建物の前には、パットン屋という看板が立ててある。
ハピーがパットン屋に入っていき、マナがあとに続いた。
「いらっしゃい」
出迎えたのは、初老の女性だった。
白髪交じりの髪の毛に、皴が多く刻まれた顔。
一対二枚の翼は、白く立派だ。翼族の翼は、年齢であまり変化することはない。
「このお方がパーティーに参加するのですが、一番似合う服を仕立てていただきたい」
「こりゃまた珍しい。人間の子供じゃないかい。可愛い子だね」
女性は少し驚いてマナを見る。
「一週間くらいで作成してほしいのですが、可能でしょうか」
「ほかの依頼もあるからね。金次第かな」
「お金なら大量にほら」
ハピーは背負っていたリュックから、布の袋を取り出す。
その中には、金貨が大量に詰め込まれていた。
「こりゃ驚いたね。お前さん金持ちなのか?」
「バルスト城に仕えている者です。私が金持ちというわけではありません」
「お偉いさんの家臣か。まあ、それだけあれば作ってやるよ。ちょっと採寸するね」
女性は測りで、マナの身長、肩幅、ウエスト、などを測っていく。
「デザインはどうする? アタシには会った瞬間からある程度、似合いそうなデザインを考えているけど、そちらから意見がなければそのデザインでいくよ」
「マナ様、どうしますか? 私はデザインセンス何てありませんので、具体的なアイデアはないです」
「お任せでいいよ」
デザインを考えるセンスなどない。
凄腕の仕立て屋に任せた方がいいだろうと、マナは判断した。
「とにかくマナ様の魅力を万人に知らしめるような衣装を作ってください。お願いします」
「分かってるよ。一週間後、またここに来な」
「よろしくお願いしますね」
二人は一礼して、店を後にした。
店を出たあと、ハピーはどんな衣装が出来るか想像して、表情を緩ませる。
「ああ、どんな衣装が出来るのでしょうか……」
「表情がキモイからやめて」
ニヤ付いた顔は、確かにキモイと言われても仕方のない表情であった。
馬車は町の入り口に置いてある。そこまで二人で歩いていると、
「待ちな」
四人の男たちが、二人の行く手を阻んだ。
見るからに柄の悪そうな格好をした、男たちである。
「そのガキ人間だよな?」
「見れば分かるだろう」
「いいか。飛王様は人間をこの国から根絶しようとしてんだ。ガキだからっていていいわけじゃない。そいつを渡せ」
男たちの狙いはマナだった。
(こいつら、アタシを殺す気……魅了してもいいけど……面倒だしハピーに任せた方がいいかな……でも、四人もいるし……)
ハピーに果たして追い払えるのか、マナは少し不安を感じる。
「……はぁ、小耳には挟んでいたが……飛王信奉者の集団……愚か者共の噂を。マナ様を渡すわけが無いだろう」
「誰が愚か者だ。飛王様のご意思に背き、人間と親しくするやつこそ愚かだ」
「渡さないのなら痛い目に遭うぞ」
ハピーをしていたころに見せていた、他者を威圧するような怖い表情を浮かべ、男たちを睨み付けた。
「貴様らには私の翼が見えないのか?」
男たちは、ハピーの視線と、二対四枚の翼に気圧される。
四人は全員、一対に二枚の翼であった。
「ぐっ……四枚の翼がなんだ! 俺たちは四人いるんだぞ!」
「そうだ! 合計八枚あるんだ! てめーの倍だ! 負けるわけねー!」
単純な理屈を言う男たちを、ハピーは鼻で笑う。
「ふん、そう思うならかかってくればいい。その方が私も早くすんで助かるからな」
ハピーの言葉に怒りを覚えた男たちが、一斉に叫び声をあげて飛びかかってくる。
腰にかけていた剣を驚くべき速さで抜き、全く無駄のない見惚れるような動きで、男たちを剣でのしていく。
斬りはせず、首を強打し次々に気を失わせていき、四人を全員を気絶させるには五秒とかからなかった。
「はぁー、愚か者共でした。本来なら殺していましたが、マナ様に見苦しい物をお見せするわけにも参りませんので」
ハピーは、呆れ顔でため息を吐きながら、剣を鞘に納めた。
(や、やっぱハピーって相当強いよね。あんな一瞬で倒す何て)
高い実力を持っているのは、前世で多くの強者を見てきたマナの目から見ても確かだった。
最近はただの変態であると思っていたので、マナは最初怖いと思っていた看守時代を思い出し、ハピーを見直した。
「さて、帰りましょうか」
ハピーは三歩歩き、そして足を止めた。
何だ? と疑問に思い、マナはハピーの様子を見てみると、ある一点を凝視していた。
ハピーの視線の先には、無邪気に遊ぶ翼族の幼女の姿が。
「何見てるの?」
「え……あ、ち、違います! あの子よりマナ様の方が全然美しく尊い存在ですよ!? た、確かの無邪気で遊ぶ姿はまるで天使のようだと思いましたが……」
「アンタ、あの子攫いたいとか思っていないでしょうね?」
「お、思ってませんよ! 悲しませるような真似は絶対に渡しは致しません! ほ、本当ですからね!」
「……怪しい」
やっぱりこいつはただの変態のようだと、上がった評価をマナは一瞬で下方修正した。
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