第十二話 神殿
「はぁ~……極楽~……」
マナは幸せを噛みしめながら、お風呂に浸かっていた。
浴槽は広く、三十人くらいは同時に入れそうである。
ここまでの大浴場に入った経験は、前世でもほとんどなかった。
「でもこれだけ広いお風呂に一人は、少し寂しいかも」
大浴場に入っているのは、マナ一人である。
これなら、ハピーでも一緒にいたほうが……と思いかけて首を全力で横に振る。どんなに寂しくても、それだけは選択肢には入らない。
ふと、マナは自分の体を見てみた。
(やっぱ完全に幼女だよね……)
凹凸のない体格。シミ一つない綺麗すぎる肌。短い手足。
改めて自分の体を見て、幼女になったのだと実感した。
前世では主に胸にコンプレックスを持っていたマナは、今世ではナイスバディになれるようにと、胸をマッサージしてみたりする。
数秒間、マッサージを行い、何してんだアタシと、我に返った。
(こんなことしている場合じゃないよ! 記憶を取り戻さないといけないんだから)
リラックスしながら思い出そうとして見るが、次第に頭がボーっとしてくる。
あれ? これ逆効果? と気付くのに一分もかからなかった。
ただ、お風呂好きなだけに、一度入ったらそう簡単に出られない。
仕方ないから今だけは、じっくり堪能することにした。
目をつぶって染み入るようにお風呂を堪能していると、何者かがお風呂に入ってくる音が聞こえた。
マナは驚いて目を開ける。
ちょうどマナの目の前で、ハピーが湯船に浸かっていた。
「あ、失礼します、マナ様」
笑顔でハピーは挨拶をする。
マナは黙って、近くにあった手桶を手に取り、ハピーに投げつけた。
「アイタッ!」
手桶はハピーの額に命中する。
「ひ、ひどいです……」
「なぜここにいる?」
「え、えと……自然に入れば、許してくれるかな~って」
「許すか。入るなって言ったよね?」
「しかし、マナ様もお一人で寂しいかと……実際先ほど呟いておられましたし」
「聞いてたの!? いつからいるんだ!」
「こっそり入って隠れてました」
「隠れてましたじゃねー!」
マナは即座に追い出すとしたが、風呂好きなだけに、入ったばかりの者を湯船から追い出すのは可哀想だと感じたので、思いとどまる。
「アタシの近くには絶対に来るなよ」
「あ、ありがとうございます」
一緒に入るのが許可されて、ハピーは大いに喜ぶ。
「ああ……マナ様が浸かっているお湯に私が……ああ……」
「その呟きやめて。気持ち悪い」
気が散ってゆっくり出来なくなってしまうので、許可をしたのは失敗だったかと、少し後悔をする。
「あの、マナ様……相談があるのですがいいですか?」
不意にハピーが口を開いた。
表情は真剣そのものである。
「なに話って」
変態なイメージしかないハピーだが、もしかしたら何か本気で相談したいことでもあるのかと思うくらい真剣な表情をしていたので、マナも真面目な表情で相談に乗ることにした。
「マナ様の美しさを大陸中に広めたいのですが、何をすればいいでしょうか」
それを聞いた瞬間、相談に乗ってあげようとしたのが間違っていたと知り、マナは大きくため息を吐いた。
「どうすればいいでしょうか!」
「知るか、そんなこと!! てか広めるな!」
「そ、そうですか……私は豪華な神殿でも建てればいいと思っていたのですが……」
「アンタはアタシを崇められる存在にしたいのか……真っ平ごめんだよ」
マナは怒りながら断った後、ハピーの発言に引っかかりを覚える。
「ちょっと待って。ハピー、さっき言ったこともう一回言って」
「……? マナ様の美しさを大陸中に広めたいのですが、何をすればいいでしょうか」
「違うそのあと」
「……私は豪華な神殿でも建てればいいと思っていたのですが……ですか?」
「……神殿……そうだ神殿! アタシはどこかの神殿に行かないと行けなかったんだ!」
マナは、自分が神殿に行かなければならないということを思い出した。
なぜ行かねばならないのかは思い出せないが、とても重要なことをするために絶対に行く必要があったような気がした。
これは絶対に行かねばと、マナは思う。
「アンタも少しは役に立つときがあるんだね」
「え、えとお褒め頂き嬉しいです。ですが、あのどこの神殿に行かないといけないのでしょうか?」
「え?」
神殿に行かなければいけないという事は分かったが、具体的に何という名の神殿なのかは思い出せなかった。
場所の特徴も思い出せない。ただただ、神殿に行く必要があるとだけ思い出した。
「神殿ってどのくらいあるの?」
「うーん……アミシオム王国だけでも小さいものまで含めると、100以上はあると思いますよ」
「100……」
神殿の規模も思い出せないので、小さい神殿である可能性もある。
そうなると、探し出すのは案外難しい。
全てめぐるのにどれだけ時間がかかるか。
さらにハピーはアミシオム王国だけといった。
大陸にあるすべての神殿の数は、100ではきかないだろうから、途方もない時間がかかることになる。
行くのではなく神殿の名前を聞けば思い出せるのかもと思い、マナは知っている神殿の名前を尋ねた。
「ハピーが知っている神殿の名前を教えて」
「私はあまり詳しくないので、有名どころしか知りません。メラトッカ神殿、ショロメカル神殿、ルバード神殿、パタ神殿の四つだけです。どれも、別の神々を祀っているようですね。この国では神様は四対八枚の翼を持っておられます。マナ様に翼はありませんが、どの神様よりも尊い存在であります」
どの神殿もピンと来なくて、マナは少しがっかりした。
そもそも名前を聞いただけで思い出せるのかが、分からない。実際に現地に行く必要があるかもしれない。
(中々難しいかもしれないけど、これしか手掛かりはないし……ほかの人に知ってる神殿の名前を聞こうかな)
看守のハピーは地理的知識はない方だろう。
領主のジェードランや、ほかまだマナは知り合ってはいないが、文系の家臣がいた場合その者が詳しいだろうから、詳しく聞いてみることに決めた。
「だって、マナ様の肌はこんなにお綺麗で……ああ、直接触れたらどんな感じなのだろうか……」
気づいたらハピーが鼻息荒く、手をわきわきと動かしながら近づいてきた。
マナは再び手桶をハピーの額に投げつける。
「痛ぃ!」
「近付くなって言っただろ」
「ご、ごめんなさい」
「アタシ、もう上がる」
マナは浴槽から出る。
「あ、私がお体をお拭きいたしますよ」
「自分で吹けるからいい!」
下心しか感じない提案を瞬時に断り、マナは風呂を上がり脱衣所に出た。
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